Beautiful World

・S4の最終話後の話。ネタバレあり
・スティーブとトニーはまだくっついてません

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「では改めまして……」
「トニー、おかえりなさい!」
 その声と共に、目の前でクラッカーが幾つも鳴らされた。
「……は?」
 リビングへ戻ってきたトニーは、突然の出迎えにきょとんとした顔を見せた。
「はいはい、トニーはここに座って」
 キャロルがトニーの背中に手を置きソファへと誘導する。新アベンジャーズの基地はまだトニーには馴染みがないもので、未だに落ち着かない様子を見せてしまう。ローテーブルの上には先程までの宴の名残が残っていた。
「なんだ、また新しくパーティーでも始めようっていうのか?」
 先程まで、バトルワールドから無事世界を救ったこと、ロキの思惑を阻止したことを祝ってパーティーが開かれていた。メンバーは旧、新のアベンジャーズのメンバー全員とジェーンだ。ロキのことがあったゆえ、ソーは複雑な表情を携えていたのだが、宴が盛り上がるにつれてその顔も段々と明るくなっていった。
 ピザやパイ、アイスクリームやケーキが一通り無くなった頃、トニーは新しい食料を調達するために場を抜けた。そして戻ってきたら、全員の歓迎の声とクラッカーの海に放り込まれたというわけなのである。
「向こうじゃできなかったから、改めてね」
「ほら、座れよトニー!」
 サムが微笑み、クリントが左隣のソファをバンバン叩く。
 トニーは促されるままに座り、その場に居るメンバー全員の視線を受けることになった。
「あー……と?」
 何を言えばいいかわからずなんとも言えない声を出すと、突然右隣に居たハルクに肩を抱かれた。
「何だ、緊張してるのか? お前らしくないぞ!」
「いや、そういうわけじゃ」
「突然で驚いたんでしょ。よかった、驚かせようって相談した甲斐があったわ」
 真正面のソファの端に座るナターシャがにっと笑った。別に驚いたわけじゃないと言い返すが、含みのある笑みを返されるばかりだった。
「バトルワールドに居た時はまともにおかえりも言えなかったでしょ」
「だから、今日がその日なんだ」
 キャロル、スコットがテレビの側に立ちながら言った。トニーは片眉を上げて戸惑いを誤魔化そうとする。
「そんな大それた事しなくてもいいのに、皆暇なのか?」
「あら、照れ隠し?」
 スコットの隣でワスプがにやっと口角を上げる。あまり接点のなかった彼女も、バトルワールドの偽タワーで過ごす内にいくらか打ち解けてきた。
「あたしたちはトニーが帰ってきてくれて安心したし嬉しかったから、祝いたかったの!」
「トニー、無事で本当によかった」
 サムとクリントが座るソファの隣で、小さめの椅子に座るカマラとヴィジョンがまっすぐな言葉をトニーにぶつける。その純真さに逆に居心地が悪くなり頬をかいた。
「いや、まあ、嬉しくないって訳じゃない。大げさじゃないか? と思っただけで」
「君が大げさだなどと口にするとは、意外だな」
 いつの間にか後ろに居たティチャラに肩を軽く叩かれた。王族らしく気品のある顔は、今は気さくに頬を緩ませている。何だか最近柔らかくなったか? と感じるこの陛下は、きっと個性豊かなメンバーに揉むに揉まれて、色々苦労したのだろう。
「あなたとの連絡が途絶えてからは、もうだめだって打ちのめされたのよ。だから、大げさでもなんでもない」
「そうだ、私たちはあのとき、もう永遠に君とは会えないんだと思っていた。だから、この宴ではまだまだ足りないぐらいだ」
 ジェーンとソーがトニーに酒の入ったグラスを渡す。それを受け取りながら、トニーは全身が熱くなっていくのを感じた。
 心配されていたということ、再び会えて嬉しいと言われること、おかえりと歓迎されること、それら全てがトニーにとってはくすぐったいもので、どう受け止めればいいのかわからなかった。
「……お?」
「照れてる?」
「うるさい」
 クリントとスコットがからかい気味に声をかけてくる。うるさいと言いながらも、二人の軽いそのノリに助けられたのも事実だった。
「それで、アーミーからは?」
「え?」
 キャロルの突然の声かけに、トニーの真正面のソファに座るスティーブは驚いたように顔を上げた。
 そして、ばちりと視線が合う。このパーティーが始まってから、トニーとスティーブは初めてまともに顔を合わせた。
「何か無いの? トニーに」
 顎でトニーを示したキャロルは、片頬を上げる絶妙な表情をしていた。
「あー……」
 スティーブはなんとも言えない顔をして、片手で口を覆う。らしくない仕草にトニーは思わずグラスをぎゅっと握りしめた。そして、目が若干泳いでいるスティーブに吹き出しそうになった。
 トニーがスティーブ、ナターシャの目の前に現れ偽タワーに帰ったとき、スティーブはあろうことか号泣してトニーに抱きつき、その後は真っ赤に腫れている目をメンバーに見せるわけにいかないと、その日のミーティングに参加しなかったのだ。
 ナターシャとキャロルはそれを知っているはずで、そのせいか今もにやついているのを隠さず自分たちを見ている。
「キャップ、無理して何か言わなくても」
「いや、そうじゃなくて……うん」
 このまま居たたまれない思いをするのも、と助け船を出したが、スティーブはそれを断ってトニーを真正面から見つめた。
「……トニー」
 あ、これはやばいぞ。
 スティーブのすこぶる真剣な瞳にトニーはぴん、とまずい気配を感じた。
「君が帰ってきてくれて、ここで君の無事を祝えることが本当に嬉しい。連絡が取れなくなって……声を聞けなくなって、君はもう死んでしまったんだと早合点した私を許してくれ」
「あー、キャップ、」
「トニー、もう二度と君をあんな場所で一人にはさせない。もしもう一度同じことが起きたら、君を見つけるまでこの世界を、いや、この世界の外まで探しにいく。君を取り戻すことをけして諦めたりしない」
「キャップ、キャプテン」
 スティーブがつらつらと述べる、熱烈すぎる言葉にトニーは片手で顔を覆った。流石に耳が赤くなっていくのを自覚した。
 周りのメンバーは、からかう素振りを見せることもできず、ただぽかんとトニーへの熱い言葉を述べる我らがキャプテンを凝視していた。
「このチームが結集したのも、全て君がきっかけだった。感謝している、だから私は君に――」
「ストップ! わかった、もうわかった!」
 耐えきれず、ついにトニーは立ち上がった。スティーブはそのまま言葉を続けようとしたが、トニーはそれを遮るようにグラスを上げて話し始めた。
「君たちが俺をどれだけ恋しがってたかわかったよ。悪かったな、長いこと留守にして。トニー・スタークの無事を歓迎するにはいささか食事がチープだが、悪くない」
「素直に喜べないのかよ」
 呆れたように言うクリントは、しかし口元を緩ませていた。
「喜んでるさ、今までにないぐらいね。だが、湿っぽくなるのはごめんだ。パーティーを再開しようじゃないか」
 トニーの言葉を皮切りに、メンバーたちが次々にグラスを上げる。
「この素晴らしい世界と、その世界の宝物の俺の無事を祝って」
「あなたらしいわ」
 ナターシャが肩をすくめる。
「乾杯!」
 トニーを皮切りに、他のメンバーも立ち上がり次々にグラスを重ねた。先程までも十分騒いでいたが、今は更に皆の気分が盛り上がっているようだった。
 トニーはグラスに口をつけ、真正面に顔を向ける。すると、やはりスティーブもこちらを見ていた。
 声は出さず、「ありがとう」と唇の形だけで告げると、スティーブはこちらがくすぐったくなるような笑みを浮かべた。

「中に入らないのか?」
 二階の小さなベランダでぼんやりとしていたトニーに、後ろからソーが声をかけた。
 意外な人物であり、トニーは少し目を丸くさせる。
「酔い冷ましだ」
「そんなに酔っていないだろう?」
 ばれていたか。トニーがふふっと笑うとソーも表情を和らげて、柵に寄りかかるトニーの隣に立つ。
「……綺麗だ」
「ん?」
「星が」
 ソーが空を見上げながら呟いた。トニーも視線を上げると、確かにこの街にしては多くの星が夜空できらめいている。
 アスガルド出身の彼は、これよりも遙かに美しい物を見慣れているだろうに。ニューヨークの夜空を綺麗だと言ってみせるソーに、トニーも心が和らいでいくのを感じた。
「皆は?」
「大体酔い潰れて寝てるぞ」
「そうか。……それにしても、ジェーンは酒が強いんだな。あのメンバーと張り合えるとは」
「ははっ! 彼女は強いんだ、そういうところでも」
 ソーの屈託無い笑みは、いつだって変わらない。トニーは彼の弟のことを話そうとして、やめた。今はまだ楽しい気分のまま夜を過ごして欲しい。
「トニー」
「ん?」
「キャプテンが探していたぞ」
 ぴく、とトニーの眉が動く。ソーは部屋の方をちらりと見て「それを伝えに来た」と笑みを深めた。
「何でまた」
「君が抜け出したりするからだろう」
「抜け出すって、たったこれだけの距離、」
「君を見つけるまではこの世界の外まで探しにいくのを諦めない男だぞ?」
「~~っ、わかった、わかったよ」
 面白がるような口調で言われてしまって、トニーは両手を上げた。まさかソーにまでからかわれるとは。
「トニー、キャプテンを不安にさせてやるな」
 ソーの一言に、トニーは眉尻を下げた。
 不安にさせる――トニーは、まさか自分の不在がスティーブを不安にさせることがあるだなんて、今まで思いもしなかったのだ。
 いつもトニーの少し前を、トニーが居なくてもまっすぐ進んでいくことのできる男だと。ずっとそう思っていた。
「トニー」
 ソーとは違う、低く少し甘みのある声がトニーを呼んだ。
 振り返ると、まるで置いていかれた迷子のような顔をしたスティーブが、部屋とベランダの境に立っていた。
「……私は戻ろう」
 言って、ソーはトニーの肩を軽く叩き、スティーブの肩も叩いてから部屋に戻っていった。
「どうした?」
 トニーは何気ない風を装って尋ねる。スティーブは足早にトニーの隣へやってきた。
「君がいつの間にか居なくなっていたから」
「それで寂しくなったのか? まるで親離れできない雛みたいだな」
 トニーはからから笑ったが、じっとこちらを見つめるスティーブの瞳に負けて、口を閉じた。
「……ロキのことを訊こうと思ったが、まだ早いと思ってやめた」
 話題を変えようとトニーは口を開いた。スティーブは「懸命だな」と頷く。
「まだソーも整理がついていないだろう。話をするのはまた今度でいい」
「ああ。――そういえば、タワーのことなんだが」
「うん?」
「ちゃんと建て直そうと思う。今ある基地も使い勝手はいいが、やっぱりあのタワーが恋しい」
「……そうだな。私も、以前のタワーでまた暮らしたい」
 トニーの提案に、スティーブはすこぶる嬉しそうに頷いた。あのタワーは、やはり自分たちのチームにとって代わりはない場所なのだ。
 再び別の話題を投げようとしたが、適切なそれが思い浮かばなくて、トニーは眉尻を下げて俯いた。
 スティーブはけして目をそらすことはせず、トニーを見つめている。
「……そんな目で見るなよ」
「私はどんな目をしてるんだ?」
「…………今すぐ俺を抱きしめたいって言ってる目」
 スティーブは、トニーの言葉が終わる前に、柵に載せていた左手に己の右手を重ねてきた。
 隣の男は、酒を飲んだからと言って体温が高くなるわけではない。しかし、今トニーに重ねられている大きくて分厚い掌は、たまらないほど熱いと思った。
「抱きしめても?」
 律儀に尋ねてくる男に、トニーは困ったような顔を見せてしまった。頷くことも、否定することもしないでいると、力強く手を引っ張られて、トニーはスティーブの腕の中に抱き込まれた。
「まだ何も言ってない」
「君の目がいいと言っていた」
 抗議したかったが、抱きしめられる心地よさに何も言えなくなる。トニーは、恐る恐るスティーブの背中に手を伸ばした。
「なぁ、スティーブ」
 普段は滅多に呼ばない名前を口にすると、スティーブが小さく息をのむ音が聞こえた。
「俺は今から色々喋るけど、酔っ払いの言うことだから明日には忘れてくれ」
「無理だ」
 ばっさりと切り捨てられ、トニーは苦笑した。
「ふ、まぁいい……。アベンジャーズを再結集させた日のこと、覚えてるか?」
「もちろん」
「君が死んでしまったと思って、そのアベンジのためにメンバーを集めたんだ。結果君は生きていたわけだが――まさか、こんなにも長く続くチームになるとは思わなかった」
 とん、とスティーブの肩に額を載せる。やっと出会えたかつての憧れのヒーロー。氷の中からこの男を見つけて、一緒にチームを組み、そして解散した。しかし再び、自分たちは同じチームの仲間として、隣に立つことができたのだ。
「嬉しいよ、スティーブ」
 何のてらいもなくそう言った。
 スティーブはトニーを抱く腕に力を込める。
「君も、そう思ってくれてたらいい」
 スティーブは、そう呟いたトニーを一度体から離し、肩を力強く掴む。
「当たり前だ。私もそう思ってる」
 この男のまっすぐ過ぎるところを、トニーは気に入ってやまないのだ。無意識のうちに柔らかく笑むと、スティーブはこみ上げるものを耐えるような顔をして口を開いた。
「このチームがいる世界が、君が居るここが、私の家だ」
 ぱち、と瞬きをすると、スティーブがまるで背後に浮かぶ夜空の星たちを率いているように見えて、どこまでも眩しい男だと思った。
「だから、君が居なくなることにはもう耐えられない。君を一人にさせたくない。君の家も、私が居るここのはずなんだ」
 傲慢とも言えるような言葉を、この男はまるで正義と信じて疑わないような口調で告げるのだ。彼のこうした一面を見るのは初めてではなかった。そして、もう一度その言葉を、視線を向けてくれと願ってしまう。
「……あの時気づいたんだ。私は、現代で目覚めてから、君の居ない時間を過ごしたことなどないんだと」
 スティーブが去ることはあっても、トニーはいつだって隣に立っていて、呼べばいつでもここに戻ってきてくれたのだと。スティーブはそう言った。
「だからもう、あんな思いは二度とごめんだ」
 目の前の男の強い光を放つ瞳に、トニーは見惚れずにはいられなかった。そして、その瞳に映る、トニーの背後にある世界が、とても。
「……スティーブ」
 彼の首に腕を回す。距離を縮めると、スティーブは少しだけ目を見開いた。
「キス、してみないか」
 目の前の男は驚いたように瞬きをした後、腑に落ちたような顔をして「ああ」と返した。
 自分たちの関係は何なのだろう。何も深入りすることなく、「親友」という言葉で片付けてきたけれど。もしかしたら、もっと違う形をしたものなのかもしれない。無理にラベルを貼る必要は無いのだが、ただ、トニーはたまらなく、今、この男とキスがしたいと思った。
 瞼を閉じて少し唇を開いて待つと、スティーブの吐息が皮膚を撫でた。あんな思いはごめんだと、ずっと不安がっていたスティーブは、このキスで少しは安心してくれるだろうか。
 お互いの唇が触れ合うまで、あと数ミリ、そして――。
「わぁぁああっ!」
 ドサァアッ! と何かが崩れる激しい音が、ふたりの唇の距離を引き剥がした。
「………………? な、」
 トニーとスティーブが何事だ? と部屋の方に顔を向ける。
 すると、ふたり以外のメンバー全員がベランダに崩れ落ちていて、表情豊かにこちらを見つめていた。
「あ、あー! 邪魔をするつもりはなくて」
「その、見守っていたというか、ね、」
「心配だったんだよ喧嘩しないかって、」
「覗いてたわけじゃないの、ただ気になって皆が集まっただけというか」
 メンバーが口々に話しているが、ふたりは「今までのやりとりを全て見られていたのか?」と思考が停止してしまっていた。
「キスの邪魔してごめんなさい! あたしたち向こう向いてるから、どうぞ!」
 カマラの言葉を皮切りに、メンバーたちは部屋の方を素早く向き、ふたりに背を向けた。
「いや…………無理だろ!」
 トニーが言うと、メンバーはちらりとこちらを振り向いた。
「俺たちのことは気にせず」
「どうぞどうぞ」
「中途半端なの気持ち悪いでしょう」
「俺は見てないぞ! ちゃんと目隠ししてる!」
 トニーもスティーブも頭を抱えた。
 まったく、好奇心の強いメンバーばかりだ!
「だめだ、もう皆部屋に戻るぞ」
 スティーブがぴしゃりと言う。
 メンバーたちは「え~」と不満の声を上げていたが、トニーも「戻るんだ」と強く言ったことにより、彼らはしぶしぶ立ち上がった。
「油断も隙も無いメンバーだな。ほら、もう寝るぞ。俺も眠たい」
「トニー」
 皆の背中を追いやっていると、後ろからスティーブに呼ばれた。
「なんだ、スティ――」
 ぐっと腕を引かれて、顔が近づいてくる。
 何を、と思う間もないまま、トニーの唇はスティーブの唇と重なっていた。
「…………――ぁ」
 一瞬触れて、すぐに顔は離れる。メンバーたちは前を歩いていて、誰もふたりのことを見ていなかった。
 スティーブは、トニーのぽかんとした顔を見つめて、目尻を下げる。
「また今度、ちゃんとしよう」
 そう言って、スティーブはトニーの腕を放した。
 トニーは、己の唇を指でなぞって、そして、自然と口角が上がっていくのを止められなかった。
「……タワーを建て直したら!」
 トニーの声に、メンバー全員が振り向く。
「またパーティーをやるぞ! 今度は、全員がこの世界に帰ってこれたことを祝うんだ!」
 すると、メンバーは全員満面の笑みを浮かべて、頷いたりはしゃいだりした。
 トニーは振り返り、夜景の広がる街を見る。
 美しい、世界だった。
 きっと、いや、絶対に、これから先もこの世界を守っていくのだ、このメンバーたちと共に。そして時折新しいメンバーが加わったりして。
 トニーは、次のアーマーはどんなデザインにしようかと考えながら、賑やかなメンバーたちの後ろを歩くスティーブの隣に、少し駆け足気味で向かったのだった。

fin.