たとえるならこれが恋だと、呼んでみてはどうですか?

 

 

 女性と体を重ねていると、自分が抱いているのか、抱かれているのか、その境目が曖昧になる。私はその感覚を愛していた。
 柔らかく、あたたかい。包まれている箇所だけでなく、体全体が、精神が、穏やかにその体を漂う。まるで海のようなその体を、私は愛している。
 だけど。背中が快感に震えるたびに、そこが唇でなぞられている気がした。そそり立つものがしめつけられた時、腹の奥がぎゅうっと切なく泣いた気がした。
 女性と手を絡めあわせると、腰が力強く掴まれる錯覚を覚える。上半身を彼女の体に倒してみると、厚い胸板で全身が押しつぶされるのを夢想した。
 間違えて「彼」の名前を呼びそうになることなどあってはならない。
 しかし私が達したのは、きつくそこがしめつけられたからではなく、「トニー」と低く掠れた声が、耳元で囁かれた気がしたからだった。

 

 だから、君に抱かれたくなった

 

 微かなノックの音が聞こえてふと目を覚ます。
 スティーブはまだ目覚めきれない頭のまま重い動作でベッドからおりる。こんな夜中に、あんなに無防備にノックをしてくるのは、けしてスティーブに危害を与える存在ではないとわかっていた。そしてスティーブの住まいを知っている者と言ったら大体人物は限られてくる。
 気怠い様子を隠さないままドアを開けると、案の定そこに立っていたのは、スティーブがよく知る人物だった。
「君か、トニー」
 少しだけ視線をおろす。トニーはうつむき加減のまま上目でスティーブに視線を寄越した。それに少し息がつまって、それを誤魔化すように「どうしたんだ」と訊く。
「入ってもいいか、寒いんだ」
 季節はもうすっかり冬だった。雪はふっていないようだったが、確かに外の空気は凍てつくような温度だった。超人血清のおかげで、スティーブはスウェットのままでもそれほど寒さを感じなかったが。
「ああ」
 体をドアに寄せトニーを部屋に入れる。スティーブの前を横切る瞬間、微かに香るものがあった。
 まさか、と思いトニーの後姿を見ながらドアを閉める。トニーの瞳の色よりも更に濃いブラックブルーのトレンチコートはスティーブが今まで見たことのないものだ。一目で高級品だとわかる素材とデザインで、体のラインに添うようなそれが、トニーが本来持つ色気を更に彩っているようだった。
「……何か用か」
 不機嫌さを隠そうともせずにスティーブは言った。トニーの色香が最大限に発揮されているその装いは、けしてスティーブのためではないことは明白だった。
 じゃあ、誰のためか。そんなことも明らかだ。トニーは先ほどまで誰と会っていた?
「スティーブ」
 トニーは答えることのないまま振り向いた。そしてスティーブの首に腕をまわす。
 流れるような仕草でキスをされた。はむ、と下唇を食まれて、舌でそこをゆっくりなぞられるのは、スティーブを煽ろうとしているキスに他ならなかった。
「やめろ」
 くらりときたのを振り払って、トニーを引き剥がす。それが不満だったのかなんなのか、トニーは自身の上唇を舌で舐めた。その赤さにむしゃぶりつきたくなったが、どうしてもこの匂いが鼻につく。
「しよう」
 あからさまにトニーが言葉で誘いをかけてきた。またしても腕をまわそうとしてくるのを今度こそ事前にかわす。
 その、濡れた声が気に入らない。
「ついさっきまで、私の知らない誰かと寝ていた君を抱けと?」
 そう言うと、トニーはぱちりと大きく瞬きをした。黒々とした睫毛の音さえ聞こえるようだ。
「わかるのか?」
「香水」
「ああ……」
 女性ものの香水だった。トニーはコートの襟もとに鼻をうずめる。シャワーを浴びてきたんだが、と思っているのが丸わかりだ。
 スティーブの鼻は、いくらトニーがシャワーを浴びていようともその香水の残り香を見つけてしまう。いっそ知らないでいられたら、と思いもしたが、それもそれで気に食わない。
「今日は帰れ」
「外はあんなに寒いのに?」
 トニーのそのいっそ可憐なほどの言い様に、ずく、と腰が重くなった。ああ、確信犯なんだ、彼は。わかってはいるのに抗えない自分がいる。
 それでも、このままトニーをベッドに連れ込むのはプライドが許さなかった。
「帰るんだ」
 きつく言うと、目の前の顔が一瞬痛々しく歪んだ。
   それにひるむスティーブではなかったが、トニーがコートを脱ぎ始めると流石に眉がぴくりと動いてしまった。
「……――」
 トニーはそのまま無言で脱いだコートを床に落とす。ぱさりと落ちた布の音が部屋に響いた。コートの下から現れたのは、タイトなシルエットの黒のスーツ姿だった。詳しいブランドなどわからない。だけど、恐ろしく彼に似合っている。
 トニーのけして細くはない指がコートと同じ色をしたネクタイにかかる。首元を緩めると、今度は上着をするりと肩から落とした。ゆっくりと、腕から光沢のあるそれが滑り落ちていく。ぐっと喉が鳴るのを止められなかった。
「スティーブ」
 両手がトニーに絡めとられる。そしてそのまま、彼のベルトへと誘導された。
「しよう」
 そう言って、トニーが再びスティーブの唇を舐めた。口の中へ舌を滑り込ませることなく、唇の表面ばかりを唾液で濡らしていく。強引なわりに、スティーブが口を開かなければけしてそこに侵入しようとはしない一種の従順さを見せつけられて、スティーブは頭が沸騰しそうだった。
「……くそっ」
 誘導された手を振り払い、トニーの腰を掴んで体を反転させる。腰を掴んだ瞬間手の中の体がびくっと震えて、己の支配欲がまたくすぐられた。
トニーを壁に押し付けて、カチャカチャと音を立ててベルトを外す。トニーは後ろ手にスティーブの股間をまさぐっていた。
「スティーブ、スティーブ」
 スウェット越しに指で挟まれて、思わず呻き声が出た。やっとベルトを外すと、下着ごと膝までずり落とす。トニーの前は半勃ちながらも雫を垂らしていて、はしたないと思った。硬くなった己のそれをトニーの尻にぐっと押し付けると、はあ、と濡れた息が漏れた。
「すてぃ、ぶ」
 前をくつろげて、すっかりたちあがったペニスをトニーの尻たぶに何度か往復させる。スティーブの先走りで濡れる肉が卑猥だった。
「足」
 一言だけ告げると、トニーは察したのかスティーブのペニスの分だけ足を広げる。そこにぐぐっといれると、トニーの太腿がしめつけてきた。
「あ、」
 トニーの腰を掴んで前後に動き始めると、トニーが掠れた声をあげた。潤滑油は何も使っていないが、お互いの先走りでくちゅ、ぐちゅ、と濡れた音がする。
「あ、あ」
 トニーの足元ではスーツと下着が絡まっていて、着ているシャツはスティーブに乱暴に動かされるせいでさっそく皺ができている。きっと前のネクタイは、トニー自身の先走りで汚れてしまっていることだろう。
 健気に足を閉じているトニーに煽られて、目の前のうなじに歯を立てる。するとびくびくっと掴んでいる腰が震えた。
「う、あァ、すてぃ、ぶ、か、けて、かけてくれ……――ッ」
 どくどくと脈打つスティーブ自身に煽られたのか、トニーが熱に浮かされたように喘いだ。そのあからさまな強請りにスティーブのそこがぐっと硬度を増す。腰から尻に手を滑らせ、その肉をぎゅうっと掴んだ。
「ひっ」
「ッ、トニー……っ」
 達する瞬間足の間からそれを抜き、数度自分の手で擦った後びゅくっと精液が溢れた。ぱたぱたっと掴んだ尻肉に白いそれが飛び散る。トニーに強請られたとはいえ、あまりにも淫猥すぎる光景だった。
「……っう」
  数秒遅れて、自分で擦っていたトニーも達したようだった。スティーブの部屋の壁にかからないよう、しっかりと先端を両手で握っている。
 ――そういうところがよくないんだと、言ってしまいたかった。どうしてこうもスティーブの嗜虐欲を煽るのが上手いのだ、この男は。
「――帰れと言っただろう」
 自分でも自覚のある低い声でトニーの耳元でそう言った。まだ息の整わないトニーは肩を震わせている。
 トニーに煽られるだけ煽られてしまったことをすぐに後悔した。射精後の妙に冴えた頭で先ほどまでの行為を反省する。
 女性を抱いたそのすぐ後の体を抱きしめる気にはなれなかった。だから、スウェットを引き上げてトニーの体から離れる。トニーは一人で立つのもままならないのか、壁に右肩と頬を寄せていた。
 スティーブはそのまま自分のベッドに向かう。酷いことをしている自覚はあったが、それでもここに訪れたトニーの気持ちが全くわからなくて、顔を見合わせたくなかった。
 汚れた自分の手をティッシュでふき、ベッドに入る。熱に浮かされたまま、眠りにつくことなど到底出来そうにもなかったが。
 ――どうして、ここに来たのだろう。セックスがしたいだけなら、もう済ませてきたんじゃないのか? それとも、女性とするだけでは満足しなかったのか? そんなにも性欲が強い男だったか?
 悶々と考えても答えは出てこない当たり前だった。
(それとも、会いたかったのか、私に)
 うっすらと浮かんだ考えを、ぐっと目を瞑ることで追い払う。それはあまりにもおかしな考えな気がした。
 そんなようなことを考えていると、キイ、と寝室のドアが開く音がした。
「……――」
 少し迷ったようだったが、近づいてきた気配がごそ、と隣に入ってくる。
 けして広くはないベッドなので足がふれあう。トニーはスーツを全て脱いで、裸のようだった。
「なあ」
 トニーの声が背中のすぐ近くで聞こえた。先程よりもだいぶ殊勝な声色だった。
「しないのか?」
 単刀直入の問いかけに、はあ、とため息を零す。
「今の君は抱かない」
 裸でベッドに潜り込んで、背中に向けて明け透けな誘いの言葉を投げる。
 今夜君が抱いた女性も、そんな誘い方をしたのか。そう思ったらどす黒い感情で胸が塗りつぶされてしまいそうだった。
「……」
 そっと左手をとられて、どこかに誘導される。ああまたこのパターンかと覚悟していると、中指がつぷ、と熱く塗れた箇所に触れた。
 準備はもうしてきたのだと、何よりもそこが語っている。女性を抱いたその部屋のバスルームで、そこに指を入れ解している様子を想像してしまった。
「――もう寝るぞ」
 無理矢理そこから指を引き剥がして寝る体制に入る。硬くなり始めている股間のものを無視するのは大変どころの騒ぎじゃなかった。
「……ああ」
 トニーも大人しくそう言った。背を向けられたのを気配で察する。
 全く意味のわからない行動をするトニーを問い詰めて、その顔を歪ませてやりたい。この乱暴な衝動を打ち消すにも、スティーブは眠りにつかなければならなかった。

 

 次に目を覚ました時は、まだ外は薄暗いままだった。結局あれから何時間ほど寝られたのだろう。時計を見る気にもなれなかった。
 昨日の名残か、朝の生理現象か、股間の盛り上がりに苦笑する。こんなにも欲に惑わされる自分が滑稽だった。
 上半身を起こすと、僅かに温もりが残っているものの、隣は空だった。もう帰ったのか? と少し焦ったのも束の間、さあ、と控えめな水音が聞こえる。
 その音に誘われるようにしてベッドを抜け出す。勝手知ったる床を歩きバスルームに辿りつくと、中で流れている湯のせいか空気がぬるかった。すりガラスの向こうにシルエットが見える。もう知り尽くしている体だった。
 手早くスウェットを脱ぎ裸になる。声をかけることなくドアを開けバスルームに入ると、急に入って来た冷気に驚いたのか、はじかれたようにトニーが振り向いた。
「スティーブ?」
 トニーの上から緩やかにシャワーの水が落ちている。体を洗った後なのか、スティーブの使っているボディーソープの匂いがした。そういえば、昨日自分が汚した尻はどうしたのだろう。自分で拭ってからベッドに入って来たのであろうことを思うと、ますます欲が昂ぶってきた。
「んっ」
 ぐっと腰を引き寄せて口づける。顎を掴み強引に口を開けさせると、半ば無理矢理その奥に舌を入れた。
「んぐ、んう」
 じゅ、とその舌を食べる勢いで吸うと、がくっと腕にかかる体重が重くなった。技巧など何もなく、ただただ昂ぶる欲を押し付けるようなキスだった。トニーは息をするためになんとか少しでもスティーブの肩を押し離れようとするが、その仕草さは気に入らなかった。
「スティ、ブ、ん、んう、んん」
 トニーの背中を壁に押し付ける。頭の上から口の中に入ってくる湯が鬱陶しいのでシャワーを止めた。息苦しそうな声が、だんだんと恍惚としたものに変わっていく。瞼を閉じることにも力が入らなくなったのか、僅かに見える瞳はとろんとしていた。肩を掴んでいた手は、スティーブに縋りつくためのものへと変わっていく。唾液を飲ませながら、腰を掴んでいた手を尻の間へと滑り込ませる。びくんっと腕の中の体が大きく震えた。
「ッ、んぅっ」
 中指で入り口をくすぐり、つぷ、と中に入れる。昨日ほどではなかったが、そこは熱く濡れたままだった。スティーブの指を飲みこむそこは、トニーの息遣いと連動して健気に動いてみせた。
 口を離すと、とろぉっと唾液がつながる。そのまますり、とトニーの鼻に擦り寄ると、トニーも同じ仕草を返してきた。
「まだ濡れてる」
 くちゅ、とわざと音をたてるようにしてかきまぜると、トニーの耳が赤く染まる。スティーブが率直に卑猥なことを言うのにトニーは弱かった。
「昨日はどれだけ準備してきたんだ?」
 揶揄のようなスティーブの言葉に、トニーはぎゅうっと彼の肩を掴んだ。人差し指も増やしぐちゅぐちゅと中をかき混ぜる。とろとろとした中はスティーブを悦ばせた。
「あ、も、かないって」
「ん?」
「も、だかないって、言った」
 は、は、とトニーが必死で訴えてくる。息が整わないせいか快感のせいか、トニーの瞳はすっかり潤んでしまっていた。早く中に、と逸る声をおさえて、三本目を彼の中に挿入する。
「ふあ、ァ」
「それは昨日の話だ」
 首筋にかぶりつくようにすると、ひくんと小さく肌が震えたのを肌で感じる。そこで思い切り息を吸いこむと、トニーの匂いと、スティーブの使っているボディーソープの匂いしかしなかった。あの、昨日の不愉快な香りはない。それでいい。
「トニー」
「ん、んンッ、や、ぁ」
 腹側を擦ると大きく中が収縮する。ここに入ることができたら、どれだけ満たされることだろう。昨日から散々煽りに煽られ、酷い思いをしたのだから。
「トニー」
「あ、ぁ、スティーブ、」
「ほしいか?」
 ちゅぷ、と指を抜き、その手をがちがちになった自分のペニスに添えた。くぱ、と開いたままの後ろが心もとないのか、トニーは酷く切なげな顔をする。
「っう、」
 トニーの右手がスティーブのものに伸びる。そっと先端に指を添わせた後、ゆっくりとそれの表面を擦る。浮き出た血管を確かめるような手つきにぐっと喉が鳴った。スティーブのペニスを擦るたびに、トニーの顔がだらしなく蕩けていく。
 こんなトニー・スタークの顔を見ることができる人間が果たして世界のどこにいる? そそり立ったペニスを擦りながら、こんなにも物欲しげな顔をするトニー・スタークを誰が見たことがある?
 私だけだ。昔も今もこれから先もずっと、私だけだ!
「トニー、言うんだ」
 今にもキスができそうな距離でそう囁くと、トニーの瞳が揺れた。トニーに握られたまま腰を軽くグラインドする。自分の手がそういう風に使われていることすら、彼の興奮材料になっているのは明白だった。
「あ、ほ、ほし」
「うん」
「ほしい、すてぃーぶ、も、ぉ、きてくれ……――ッあァ!」
 トニーがぐしゃぐしゃになりながら言うのを黙らせるようにして、一気にそこに突っ込んだ。中はとても熱く、待ちかねたようにスティーブのペニスに絡みつく。想像以上の締め付けに持っていかれそうになるのを耐えて、いったん挿入するのを止める。
 そして両膝に腕をかけ、トニーの体全てを持ち上げた。
「あ、ま、まて――ひんッ」
 全体重が繋がった箇所にかかるからか、スティーブのペニスは一気にトニーの奥まで貫いた。行き止まりのような箇所に、あ、あ、とトニーは震えるばかりだった。
 膝を腕に引っ掻けたまま壁に両手をつく。スティーブの体とバスルームの壁に挟まれたトニーはまるで動くことができなかった。
「トニー」
 耳にちゅ、ちゅ、と唇を落としながらゆっくりと腰を動かす。激しく動かなくても、中の締め付けと先端を包み込む結腸のおかげで気が飛びそうになるぐらい気持ちよかった。
「ここか?」
「ん、ンんッ! あ、あぅ、んぐッ」
 スティーブの肩にしがみつく手は微かにではあるがそこに痕を作る。ぴりっと走る痛みはしかし、興奮を増す材料にしかならなかった。
 ぐちゅ、ずちゅ、と耳を塞ぎたくなるような淫猥な音がバスルームに響く。目の前の唇にむしゃぶりつくと、おぼつかない動きでトニーの舌も応えた。
 ふと下を見ると、トニーのペニスはへにゃりと垂れ下がっていた。昨夜は女性とした後、スティーブの部屋でも射精したのだ。一般的な体力のトニーであるから、そこが勃起していなくても不思議ではなかった。
 彼も自分のそれに気がついたのか、震えながらそこに手を伸ばそうとする。が、ぐっと体を近づけてスティーブがそれを阻んでしまった。
「ぅあ、な、なんで」
「君は中だけでもイけるだろう?」
「だ、だめ、だ」
「どうして?」
 ぐんっと突き上げると、えぐ、とトニーがしゃくりあげる。それに煽られてぐりぐりと腰を押し付けると、トニーはたまらないといったように首を振る。
「かえ、れ、かえれなく、なるから」
 一生懸命に話すトニーに、思わず口元が緩んでしまった。
 こんなにいっぱいっぱいでも、この部屋から帰ることを考えているのが憎らしいやら可愛いやら。確かにこんなにぐしょぐしょの状態では、一人で立つことも危ういかもしれない。
「そのときは、ちゃん、と、送るよ……っ」
「や、あ、すてぃーぶっ、くる、くる――ッ!」
 その時、ぐぽ、と結腸が開いたような気がした。
 トニーはびくんっと大きく震え、強すぎる絶頂に声も出せないでいる。以前結腸にスティーブのペニスが届いた時、快感なのかもよくわからなかったんだ、と言っていた。
 もう限界を迎えそうな己のペニスを固定したまま、宥めるようにキスをして、頭を撫でる代わりにくちゅくちゅと咥内を舌で撫でる。
「っ、だす、ぞ」
「ん、う、っあ、だめ、なか、だめぇ」
「ふ、きょうの君は、ぅ、だめ、ばかりだな――っ」
 腰から重く溜まったものが、肉棒の先端へと流れてゆく。息をつめ、勢いよくトニーの中へと射精した。
 トニーの中を濡らす己の精液の音が聞こえてきそうなぐらい激しい瞬間だった。それを受け止めたトニーは、ぐしゃぐしゃの顔のまま「すてぃーぶ、すてぃーぶ」と呼んでいる。
「だめ、だ、て、いった、だろ」
「うん」
 謝る代わりに額にキスをすると、トニーの顔が上向き唇へのキスを強請られる。だめだと言われたのに中に出してしまったのはスティーブが百パーセント悪かったが、中がいっぱいになる感覚に嬉しそうな顔をするトニーもけしてスティーブの勘違いではないのだ。
「ん……トニー」
「ふ、ぅ、――ん……?」
「どうして昨日、私のところに来たんだ?」
 そう聞くと、少しの間惚けていたトニーに、わからないのか? と、蕩けた顔のまま笑われてしまった。

 

「本当に送らなくて大丈夫か?」
「ああ。いざとなったらアーマーでも呼ぶさ」
 昨日の行為のせいで皺くちゃになってしまったスーツを着ながらトニーが言った。Tシャツとジーンズ姿のスティーブは、この季節に半袖かとつい先程トニーに笑われた。
「……昨日は大丈夫だったのか?」
「何がだ?」
「私の所に来て、その――怒らなかったのか?」
 スティーブの言いたいことを察したのか、ああ、とトニーが笑う。
「最中の私の態度が気に入らなかったようで、早々に愛想を尽かされたよ」
 そんなトニーの返答に、スティーブはほっとする。もうあの香りに不愉快な思いをすることはなさそうだ。
 トニーの女性関係に口を出したいわけじゃない。ただ、女物の香水を匂わせてこの部屋に訪れるトニーには、どす黒い感情ばかりが渦巻いてしまうのだ。
「もう、あんな香りを纏ってここに来るな」
 そう言って、スティーブはトニーに背中を向ける。セックスをした後なのだから甘い言葉の一つや二つかけて別れるのが正解なのだろうが、別に恋人同士でもない自分たちがそうするのもおかしな話だった。
「――すまない」
 トニーが素直にスティーブの背中に謝る。トニーのスティーブへの謝罪はいつだって、黒く濁った心を溶かしていく。いつか彼の謝罪が癖になってしまう日が来そうで怖かったが、それでもこの心地よさには抗えなかった。
 ふと、とん、と肩に重さが加わった。トニーはスティーブの肩に頭をのせ、じっとそこから動かない。
 どくんと心臓が大きな音を立てた気がして、スティーブは思わず息を止めた。
「女性を抱いているのに、私は想像の君でいっぱいになってしまったんだ」
 そう言って、トニーの指先がスティーブのTシャツの裾をつかむ。あまりにもいたいけな、それでいて確信犯めいた仕草にスティーブは何も言うことができない。ただただ、どくんどくんと心臓が煩い。
「だから、君に抱かれたくなった」
 ――――ああ、トニー、君はどうしてそう、私を。
 するっと指先が離れていき、「じゃあ、ミーティングで」とトニーが離れていく。ドアの閉まる音がするまで、スティーブはそこに立ち尽くしていた。
「……だめだ」
 口を手で覆う。そうでもしないと、何かがこぼれ出てしまいそうだった。
 振り回しているのか、振り回されているのかなんて、もうわからない。
 ただ一つ確かなのは、次にこの部屋に来たトニーを、朝になっても放してやるのは無理そうだということ。

 

たとえるならこれが恋だと、呼んでみてはどうですか?