だってハロウィンも近いから、

 

 

「スティーブ、スーツのことだが……ん?」
 彼の部屋に入るも、中は無人だったのでトニーは首を傾げた。スティーブは今日外出の予定はなかったはずだが、緊急の用事でもあったのだろうか。
「居ないのか。クリーニングのことを聞きたかったのに」
 トニーの手にはキャプテン・アメリカのヒーロースーツが握られていた。現在使われている物ではなく、一つ前のバージョンだ。スティーブが今着ているスーツをトニーがメンテナンスしていたので、昨日は旧バージョンのスーツを着て戦っていた。なのでこれをクリーニングするか、それとももう用済みにしてしまうのか、しかしそれはあまりにも勿体ないと思っているので改良を考えているとか、色々伝えたいことはあったのだが、部屋主は今現在不在のようだった。
 また後で改めて、とも思ったのだが、このまま帰るのもなんだか腑に落ちない。どうせならここで待っていようと無遠慮にベッドの端に腰かける。スーツを手に持ったまま、しばらくぼおっとしていた。
「……そうだ」
 スティーブのベッドのそばにあるカレンダーと、トニーが無理矢理設置させた大きな鏡を見て。ぴん、とあることを思いついた。
「もうすぐハロウィンだしな」
 すくっとベッドから立ち上がり、上の服をがばりと脱ぎ捨てる。続いて下も脱ぎ、キャプテン・アメリカのスーツを広げてベッドに置いた。
「うーん、着られるか?」
 下着一枚の姿のまま、ベッドの傍で仁王立ちになる。広げると、改めてスティーブの体格の良さがわかる。トニーとてそれなりの体躯をしているが、やはり厚さや肩幅はスティーブとはかなりの差があった。
 ハロウィンも近いし、せっかく今手元にこのスーツがあるのだから着てみたい、というのが今のトニーの心境だった。元々好奇心は旺盛な性質であるし、自分が色々メンテナンスを施してきたスーツであるので、自分でも一度着てみたいというのは前々から思っていた。
 しかし、それとは別に――トニーは子供の頃、ハロウィンにキャプテン・アメリカのコスプレをした経験がある。それこそ、立派にあの盾のレプリカも持って。だから、あの頃のような気持ちが掘り起こされたのもあるのかもしれない。何しろ今手元にあるのは、キャプテン・アメリカを模した玩具ではなく、彼が着ていた本物のヒーロースーツだ。
「見つかるとまた説教されそうだからな。ぱっと着てぱっと脱ごう」
 スーツを手にして着ようとするが、ふとあることが思い当たる。
 下着をどうしようか。
 スティーブは確か、下着は身に着けたままこれを着ていたはずだ。本当は下は何も着ていないほうが動きを最大限に活かせるのだが、あの堅苦しい男は下着ははいてないと落ち着かないと言い、いわゆるノーパン状態になることは決してない。
 しかしトニーはせっかくなら万全の状態で着たいと思い始めていた。見つかれば流石に色々とどやされそうだが、見つからなければいい話だ。トニーはあまり迷うことなく下着も床に下ろした。
「……っと、意外に着にくいんだな」
 下はともかく、上がどうにも着るのに手間取る素材だった。肌に当たると、予想よりごわごわした感触が伝わってくる。普段は金属のアーマーで囲われているトニーには、肌に直接フィットするこの素材が新鮮だった。
「しかし、ぶかぶかだな」
 着てみたはいいものの、二の腕の部分や腰回り、太腿部分は布が余ってしまっている。ずるずると落ちてくるほどではないが、いつものスティーブのようにこれを着て戦うことはとてもじゃないが出来ないだろう。伸縮性があるのでスティーブの体の体積よりも何サイズか小さめのはずなのだが、それでもやはり体にぴったりフィットするというわけにはいかなかった。
「まぁでも、及第点だろう」
 赤いグローブもはめる。ベルトとブーツは残念ながらここには無かった。
 鏡の前に立つと、当たり前だが少し大きめのキャプテン・アメリカのヒーロースーツを着たトニー・スタークが映っている。首の後ろにあるマスクをぐいっとかぶる。これも少しサイズが大きかった。
「……――似合わないな」
 ぼそりと呟く。
 想像以上に、似合わない。
 顔の骨格のせいか鼻や唇の形のせいかこの整えられている髭のせいか、マスクが恐ろしく似合わない。スーツだって、これがたとえサイズがぴったりフィットしていたとしても、似合うとはとても言えなかっただろう。
 スティーブはなんなく着こなしているが、これは思った以上に着るには難易度が高かった。
「キャップは元々素材はいいしな……でも俺だって鍛えてるし、それなりに……なんだよ……」
 自分が似合わなかったことに一人でぶつぶつ文句を言うも、誰も聞く者は居なかった。
 着たことには満足したのだが、このまま脱いでしまうのもなんだか癪に障る。マスクを外し、トニーはそのままスティーブのベッドにダイブした。汚れるだろうとまたしても怒られそうな要因を一つ作ってしまった。
 ごろんと仰向けになる。上の明かりが眩しく手をかざすと、赤いグローブが目に入った。
「…………」
 自分には似合わなかった。けど。
(でも、本物だ)
 そう思った瞬間、心臓がどくっと大きな音を立てた。
 本物だ。今自分が着ているのは、本物のキャプテン・アメリカのヒーロースーツなのだ。
「……ふふ、」
 知らぬ間に笑みが零れる。小さな頃の自分が顔を出したようだった。あの頃のことを完璧に覚えているわけじゃないが、それでも、胸にある大きな星と、赤いグローブとブーツにたまらなく嬉しくなったことは、今でも鮮明に思い出せる。
「これはなぁ、俺が改良したりもしたんだぞ」
 まるで小さな頃の自分に語りかけるようにトニーは言った。
 キャプテン・アメリカのベッドの上で、キャプテン・アメリカのスーツを着て。
「……――」
 ふと、微かな匂いがトニーの鼻をくすぐった。
 ベッドに馴染んだスティーブの匂い。そして、戦闘の後の土埃と汗の匂い。
 ぶわりと、今度は先ほどとは別の意味で心臓が大きな音を立てた。
「……あー、」
 もぞ、と両足を動かす。下着を脱いだのもいけなかった。ごわごわした素材が直接刺激を伝えてくる。
 ――最後にしたのは三日前だから、そんなに溜まっているわけでもないのに。
 どくどくと鼓動を打つスピードが段々速まっていく。匂いというのは、ふいに浮かんだ性のふくらみを煽るのにはうってつけのものだった。一度意識してしまうと、スティーブの匂いがどんどん体内に滲んでいく心地がする。
 横向きになって、少し体を縮こませる。シーツから更にスティーブの匂いが漂って、興奮は増すばかりだった。
 怒られる。絶対に怒られる。
 だけど、これをそのままにしておくわけにもいかないし、興奮の波も引いてくれそうな気配はなかった。
「……っふ、」
 下のスーツをゆっくり下ろしていく。スーツを汚すのは流石に罪悪感が伴った。太腿の半ばあたりまでスーツを下げ、まだ柔らかさの残るそれを取り出す。その時にグローブをはめたままだったことに気がついた。
 しまったと思ったが、グローブのままそれを包むと、ぴくんと小さく反応する。冷たくてごつごつした素材が気持ちよく、何より視界への刺激が強かった。
「は、ぁ」
 だめだと思いつつ、そのまま扱くようにする。まるであの手が、自分のこれを弄っているようだった。グローブをはめているからか、手つきはぎこちない。不意に手のひら側の凹凸が裏筋や先端を掠り、ひぐっと喉が鳴った。
 倒錯的な恍惚に浸りながら、ゆっくり手を動かす。その動きは自然と、スティーブのそれに似通ったものになる。ぼおっとした頭で思い出すのは、彼のあの手つきと声だ。そして匂いは、今まさにここにある。
「ふ、ぅ、スティーブ、」
 無意識の内に名前を呼ぶ。すると、手の中のものが一気に存在感を増した。
 それと比例して、どろどろした恋しさがトニーを襲う。きゅんと疼いたのは後ろだった。
「ん、」
 ベッドサイドの引き出しに手を伸ばし、ローションを取り出す。勝手知ったる部屋だ。どこに何がしまわれているかは目隠しされていてもわかる。
 どうしようかと悩んだが、後ろに入れる指はグローブを外さないと痛そうだったので右手は外す。指の先を口でつまんで引っ張ると、サイズが緩いからか思ったより簡単に外すことが出来た。
 シーツに零さないようにローションを手のひらに垂らす。仰向けになり腰を浮かせて、後ろにつぷ、と指を沈ませた。
「ふぅ、ン、……っ」
 四つん這いになった方が楽なのだろうが、普段スティーブとする時は圧倒的に正面からの方が多いので、トニーは仰向けのままそこに指を埋めていた。スティーブとの行為をなぞっているのはほぼ無意識だ。
 ちゅく、くちゅ、と濡れた音が部屋に響く。核心には触れないで、解すようにして指を動かす。本当は早く済ませて部屋から出たほうが賢明なのだが、スティーブは性急な前戯はしないので、自然とトニーの指の動きも緩慢としたものになる。
 ペニスを握る左手は添えるだけになっていた。中の指が前立腺を掠めるたびに左手の中でぴくぴくとペニスが震える。
 快感はどんどん増していく。だがしかし、掴みどころのない切なさは増していくばかりだった。顔だけ横を向きシーツに擦りつけるようにすると、頭の下でくしゃくしゃになったマスクが目につく。ごそごそと体を動かして、たるみの出来たスーツに鼻を埋める。息を吸えば、スティーブの匂いが濃くなる。戦闘後の汗の匂いは、セックスの最中に嗅ぐそれとも似ていて。は、と甘い息を零せば、スティーブの声も聞こえてくるようだった。
 キャプテン・アメリカのスーツを着て、スティーブを思い出して自慰をする。随分と倒錯的で、変態的な行為だ。それでも、トニーはスティーブ恋しさにやめることが出来ないでいた。
 人差し指と中指を比較的自由に動かせるほどに中が広がったので、前立腺の表面を円を描くようにして触る。スティーブは中が十分に広がると、褒めるようにしてそこを撫でてくるのだ。
「んぁ、あ、ァ、」
 背中を走る快感に声を震わせる。絶頂に至れそうなのだが、決定的なものが足りなかった。
 もうすっかり溶け始めている頭で、あの低い声を思い出す。普段のあの声はカリスマ性をもってチームのメンバーや市民を鼓舞させ安心させるものなのに、セックスの最中は少し息を荒げた掠れたものになり、同時に酷く甘くなるのだ。
 ――トニー。
「ふ、あ、すてぃ、ぶ」
 自然と名前が口をつく。嗅覚だけではなく、聴覚もばかになったようだ。
 ――中が熱い。
「ぅ、ア、あつい、から、はやく……ッ」
 ――はやく? 何を?
 中の指を腸壁がぎゅうっと締め付ける。本当に欲しいものには太さも長さも全く足りない。あの熱を持ち、重く反り返ったものがここにほしいのだ。
「すてぃーぶ、の、もう、」
 ――いれてほしい?
「ん、ン、いれて、ほし、いれて……--ッ」
「今日は随分素直だな、トニー」
「う、ン……っぁ――?」
 頷きかけて、ぱちっとはじかれたように瞬きをする。
 空耳かと、もう少し快感に我を忘れていたらそう思ったことだろう。
 しかしまだ僅かに残っていた理性がトニーの顔を左に向かせる。部屋の入り口で、壁にもたれるようにして、スティーブが立っていた。
「……――ッ!?」
 がばっと起き上がる。その拍子に中のローションが太腿を垂れて僅かに体が震えた。
 Tシャツの上に革ジャンを羽織り、下はジーンズといういつもの外出の格好をしたスティーブがゆっくり歩いてくる。トニーは混乱した頭のまま「何で?」と呟いていた。
「い、いつから……」
「君が中に指を入れた時から」
 何で黙って見てたんだという気持ちと、そんなに前からスティーブが部屋に居たのに気付かなかった自分に頭を抱えたくなる。言い訳しようにも、このベッドの上の惨状と自分の格好では誤魔化しようがない。
 スティーブがベッドに腰かけ、ぎしりとスプリングの音がする。重みで沈むベッドにひく、と反応しながら、トニーは顔を逸らした。
 着乱れたスーツが目に入る。そういえば、どうしてこんなことをしてしまったのだろう。発端を必死に思い出し、火照った体はますます熱を内にため込むばかりだった。
「……君が悪い」
 ぼそりと呟く。まともに頭が働いていなかったが、口だけは相変わらず機敏に動くようだった。
「私が?」
「部屋に来たのに居なかっただろ! 外出するなんて言ってなかったじゃないか!」
 八つ当たりにもほどがある言葉を捲し立てる。スティーブは片眉を上げて、トニーの近くに座りなおした。
「言ってなかったが、そもそも以前に君が、外出する度にいちいち報告しなくてもいいと言ったんだぞ?」
「……う、」
 覚えてる。確かに以前そんなようなことを言った記憶がある。自分で自分の首を絞めている事実にくらっとしたが、黙ったら負けのような気もしていた。
 ぐちゃぐちゃの下半身をさらけ出したまま苦しい言い訳をして、だけど素直になるにはまだ理性が固く残っていた。
「じゃあこれからは言うんだ!」
「外出するって?」
「そうだ!」
「場所は?」
「い、わなくてもいい」
「本当に?」
「だからいいって!」
 スティーブの表情が掴めないので、トニーはよくわからないままに返事をしていた。このまま話題がずれてくれれば。自分の今の格好を鑑みて絶対にありえないことをトニーは夢想していた。
「今度は私が聞く番だが」
「いやだ」
「トニー?」
「聞かないからな!」
 トニーは聞く耳持たず、スティーブから顔を逸らして言った。
 聞かれてしまえば、きっとスティーブは本当のことを言わないと納得しないだろう。それはあまりにも恥ずかしく、プライド的にも何とか避けたい事態だった。
 しかしふと、首筋に手が触れる。思わずぴくりと反応すれば、その大きく分厚い手のひらは耳へとゆっくり上がっていく。その撫でるとまでもいかない動きに、トニーは顔が火照ってくるのを感じた。先ほど中断された熱が、再び微かに灯ろうとしている。
「トニー」
「…………」
「何故それを着ている?」
 前置きもなく尋ねられた。耳をくすぐっていた手がまたしても首筋に下りてくる。スーツと肌の隙間に指を入れられて、声が出てしまいそうだった。
「……言わないぞ」
 トニーは俯いた。顔を見たら駄目になりそうで、かと言ってこのまま俯いているのも格好がつかない。
「トニー?」
 スティーブの顔が近づいてくる。肩を抱かれ、ちゅ、と、首筋にキスをされた。彼の匂いが濃くなる。そのせいで、顔だけじゃなく耳もきっと火照ってしまっている。
「着たかったのか?」
 耳にもキスを落とされ、そう聞かれた。
 先ほどまで恋しくて仕方なかった体温が、声が、匂いがすぐ傍にある。それだけでもう、悔しいことに、自分は正直にならざるを得なくなるのだ。
 こくりと頷く。耳元で、スティーブが小さく笑った気がした。
「今まで着たいなんて言ったことなかったのに、どうしたんだ?」
 声が甘い。これは、トニーを甘やかすスイッチが入った時の声だ。その時のスティーブの声は本当に、比喩でも何でもなく胃もたれするほど甘ったるくて。トニーはそれを聞くと、口元がふにゃりと緩んで、素直に言葉にしてしまう。
「……ハロウィンも、近いし」
 見つかったらきっと怒られると思っていたから。だから余計に、素直に口にしてしまうのかもしれない。
「だから、その……」
 うん、と耳元に唇が触れる。ずるい。この、甘やかすような仕草が。
「仮装とか、そういう、色々あるだろ」
「昔の君みたいに?」
 かあっと、今度こそ顔も耳も首筋も赤く染まっていく。
 ばれている。そりゃあ、隠し通せるなんて思ってなかったけど。
「ハロウィンか……そうだな」
 トニーの体をぐいっと抱き寄せ、額にキスをしてから、スティーブが言う。
「トリックオアトリート」
「……は?」
 ぽかんとするトニーに、スティーブはにやっといつもは見せない笑みを浮かべると、「お菓子は?」と尋ねる。
「……ない」
「じゃあ、悪戯だな」
 スティーブの瞳に浮かぶ愉悦の色に、トニーは思わず吐息を漏らしそうになった。
 彼が恋しかったのは自分なので、今着ているスーツと目の前の男の匂いをかいで、「スティーブ」とねだるように名前を呼んだ。

 

 罪悪感からか、羞恥心からか、今日のトニーはしおらしい。
「ン、……っふ、」
「トニー、もう少し腰をあげてくれ」
「ん、」
 柳腰に手を添えて、スティーブはトニーにそう告げる。ベッドの上でスティーブは枕を頭の下に敷いたうえで仰向けになり、トニーはその体をまたいでいた。
 またぐ、と言っても、下のスーツは完全に脱がせてはいないので、少々不格好な姿勢になっている。スティーブのそそり立ったものを入れようと、トニーは今奮闘しているところだった。
「う、うぅ、……ッ」
 スティーブの腹筋に手をついたトニーの腰がゆっくりと下りてくる。先端が縁に触れるとトニーの吐き出す息が甘さを帯びた。大した抵抗もなく、ペニスの亀頭部分がトニーの膨れた縁に飲みこまれていく。中は普段よりも熱く感じた。
 は、は、と息を吐き出すトニーの口を見て、スティーブは控えめに自分の唇を舐める。本当は一度、自分の重く反り返った物を舐めてほしかったのだが、トニーの方が我慢出来ないというような顔をしていたので、すぐに入れることにした。あの物欲しそうな顔はだめだ。何でもしてやりたくなる。ただでさえ、先ほどまでのトニーのいじらしい行為に煽られているというのに。
 今日の外出は全く持って予定外のことで、トニーに報告する暇もなかった。そういえば、この間着用したヒーロースーツを彼に預けていたと思い出したのは、部屋に入ってベッドで自慰をするトニーを目撃した時だった。スティーブの着ていたものを纏い、スティーブのベッドの上で、スティーブの名前を恋し気に呼びながら。そんなものを見せられたら当然、声をかけずにしばらく見入ってしまうだろう。
「あ、んぅ、」
 ずぶ、ずぶ、とゆっくり腰が下りてくる。腰を掴む手に力をこめると、トニーは首を振って片手をその上に重ねた。
「だ、めだ、」
「何が?」
「あ、まり、つかむな」
 ふるりと震えながらトニーが言う。スティーブはその意味がよくわからなかったが、少し考えて一つのことに思い当たった。
「……ッ!」
 ぐ、と更に力をこめて掴むと、トニーの顔が一気に蕩けた。それに満足感を覚えて、今度は優しくそこを撫でるようにする。
 腰を掴んでくる力だけで快感を拾ってしまうのだろうトニーに、スティーブはどろりとした何かが満たされるのを感じた。布越しでこの反応なら、直にその肌を手のひらで覆ったら彼はどんな顔をするだろうか。
「あ、ァ、スティーブ、」
 半ば過ぎまで入ったところで、トニーの動きが止まる。彼が自分で入れられる限界がここなのだと、今までの経験で知っている。
 スティーブはぐ、とトニーの体を下に引き寄せると同時に腰を突き入れる。ずぶんっと勢いよく最奥まで入り、トニーが息をつめた。
「……っ、ぅ、あ、ァ……――」
 息を整えるトニーを宥めるようにして腿を撫でる。その刺激に健気に反応して、中がきゅっと締まった。
(これは――)
 絶景だな、とスティーブは思わず低く唸った。
 トニーが身に着けている上半身のヒーロースーツはサイズが合っていないため、ところどころがゆるゆると撓んでいる。片手のグローブはつけたままにさせていたのだが、その手を口元に持ってきているトニーは正直目の毒だ。胸の間で煌々と輝くリアクターがスーツ越しにでもわかって、青白い光にすらふつふつと欲情する。そして何より、自分が毎日のように身に着けていたキャプテン・アメリカのスーツを着て乱れるトニーが今、自分に跨っている。その事実がたまらなくスティーブを興奮させていた。トニーの体つきが好きなスティーブは彼を上に乗せることを好んだが、今日ほどこうしてよかったと思った日は無い。
「トニー」
「んっ、ンッ、……っあ、」
 小さく数回突き上げる。それに呼応するようにトニーが鳴くと、その中でスティーブのものが一層存在感を増した。
「あ、ァ、スティーブ、……っ!」
 その声が、先ほど一人でしていた時と同じ色をしていて。スティーブは腰の動きを止めてスーツの下に手を滑り込ませた。
「ン、ふぅ、」
「ここは触らなかったのか?」
 臍をくすぐって腹筋を辿り、その上にある微かに盛り上がったふくらみをもめば、トニーはじろりとこちらを睨んできた。
「……おやじくさいぞ」
 それにふっと笑い、乳輪をくるくると弄る。するともどかしそうに腰が揺れて、睨んでいた瞳の鋭さが和らいだ。
「触らなかったのか?」
 もう一度聞けば、トニーはゆっくり頷いた。素直になった褒美とばかりに先端をきゅっとつまむ。あ、と甘い声を漏らしたトニーは、我慢できないというように腰をゆらゆらと動かしている。
「も、いいだろ」
 焦らさないでくれ、とトニーが腰を浮かす。しかし、スティーブは艶めかしいラインを誇るその腰を片手で掴んで、動きを制止させた。
「や、も、なんだ」
 トニーの瞳にはじわりと膜が張っていた。スティーブが居ない時から一人でことに及んでいたのだから、もう随分と焦らされているような心地なのだろう。スティーブはそのトニーの表情がかわいくてたまらなく、もっと見ていたいという理由だけで動きを止めさせてしまったのだが、上手いこと言い訳が思いつかなかった。
「…………」
「すてぃ、ぶ、ン、……ッあ、ぅ、うごき、たい」
 自分を求めてどうしようもなくなってしまうトニーがかわいい。わざわざこのスーツを着て、一人で後ろを弄ってしまうトニーがかわいい。ハロウィンが近いからとよくわからない言い訳をしてしまうトニーがかわいい。
 以前見た、幼いトニーがハロウィンにキャプテン・アメリカの仮装をしていた写真を思い出す。昔はただただ純粋に、無邪気な気持ちでそれを着たんだろうに。随分と成長した彼に同じ格好をさせて、他でもないキャプテン・アメリカの自分が、こうして滾ったペニスを突き入れている。
 ヒーローには似つかわしくない背徳感が背中をせり上がってくる。その衝動のままにトニーの腹をスーツ越しに撫で、ぐ、と上から押した。
「っ、ぅあ、」
「まだだ」
 言えば、トニーがひぐ、としゃくりあげるような声を出す。前はとろとろと先走りを零していて、それが裏筋を垂れるのにもトニーは反応した。
「な、んで、すてぃ、ぶ、」
「このままイけるか?」
 トニーがぱちっと目を丸くする。そしてくしゃりと目尻を崩し、「むりだ」と喘ぐ。
「や、むり、だ、そんなの、」
 このまま動かずに達しろと、スティーブの無茶な要求にトニーは腰を動かそうとする。しかしスティーブの片手によってがっちり固定されてしまっていてそれは叶わなかった。
「トニー」
「あ、んン、むり、むりだ」
「君ならできる」
 言い聞かせるようにして、スティーブはそう告げた。すると、トニーの中がぎゅうっと狭くなる。その刺激に眉を顰めれば、トニーはスティーブのその表情に魅入られたのか、ぼおっとこちらを見つめてくる。
 すり、と中に入っているものの形をなぞるようにして綺麗に割れている腹筋に手を添わせると、トニーは今にも決壊しそうな目元をきゅうっと細めて、スーツの首元を握った。
「っふ、……ぁ、あ、」
 グローブをはめた手でスーツの首元を握り、そこに鼻を埋めるようにしてトニーは喘いだ。中の刺激に集中しようと、腹を押してくるスティーブの手にもう片方の手を重ねる。中はきゅう、きゅう、と狭くなったり緩くなったりを繰り返し、スティーブのペニスをしゃぶるようにして動いていた。
「あ、あァ、……――ッぅあ、んンッ、くぅ」
 熱と欲で濁ったスティーブの瞳をトニーはじっと見つめて、中だけで達しようとしていた。
 本当はそんなことをしなくても、前を擦ってイけばいいのに。スティーブは無意識に、ふっと笑みを浮かべていた。その考えにすら至れない今のトニーがいじらしい。スーツに顔を埋めるようにしていることも。必死にスティーブの匂いを追っているのだ。先日の戦闘で散々に汗をかき、お世辞にもいい匂いだとは言えないだろう。それを嗅いでそんなにも蕩けた顔をするのかと、スティーブのものが更に重く硬くなる。
 あまりにもいじらしくいやらしいその様子に、凶暴なほどに欲が膨らんでいくばかりだ。甘やかしたいし、虐めたい。眺めていたいし、声も出ないほど攻めたててやりたい。ああ、どうしてやろうか、このかわいくてたまらない男を。
「すてぃーぶ、すてぃーぶ」
 ぎゅうっと腸の締め付けが強くなる。トニーの意思ではなく、そこが勝手に蠢いているようだった。絶頂が近いのだろう。収縮を繰り返す感覚が短くなっている。
 腹を押し、「トニー」と名を呼ぶ。すると、跨っている体が大きく震えた。
「……――ッ!」
 びくんっと大きく跳ねて、トニーが声もなく達する。前は未だたちあがったままで、中だけで絶頂を極めたようだった。は、は、と息の整わないトニーがスティーブの腹筋に手をつく。そしてそのままくたりと前に倒れ込んできた。
「ァ、あ、スティーブ」
 トニーはぴくぴく震えたまま顔をすり寄せて、キスをねだってくる。後ろだけでイけた時はいつもキスを欲しがり、スティーブもそれに応えてやるのだが、今日はそれに気づかないふりをした。
「ん、ゃ、すてぃ、ぶ、」
 甘えるような色が増してくる。今はどうしてか、ずっとこの声が聞きたい気分だった。
 自分を求めてくるトニーが好きだ。普段もこれだけ素直ならと思わなくもないが、それはそれでベッドでの楽しみが減ってしまうかと自答した。
 トニーの腰を抱き、そのまま体勢を反転させる。急に中のものの角度が変わり、トニーはくぅと呻いた。
「っあ、……――っ、ふ、ぅ、」
 身に着けたキャプテン・アメリカのスーツをベッドの上で乱れさせるトニーは、想像以上にくらっとくる。トニーが顔を逸らさないように、その横に両肘をつく。すっかり蕩けきった顔があられもなくスティーブの前にさらけだされていた。
「君は本当に、私のことが好きだな」
 笑みを浮かべて、しかし余裕が剥ぎ取られかけている声音で言えば、トニーはわかっているのかいないのか、こくりと頷く。そのぼんやりとした表情にスティーブは苦笑した。まだ一度達しただけだというのに、こんなにもふやふやになってしまって。
「……てぃ、ぶ、は――?」
「ん?」
 とろとろとした声でトニーが何かを言う。スティーブが顔を近づけると、力の入りきらない手がスティーブの背中にまわされた。
「すてぃ、ぶ、は……? すき?」
「……――」
「おれの、こと、」
 きゅっと背中にまわされた手に力が込められる。そのあまりにも素直で幼げな言動に、ずぐっと心臓を掴まれて、スティーブは限界だとベッドに額をついた。
「……っあーー……、かわいいな君は――っ」
 スティーブとてそれなりに口が重い男であるのに、今は明け透けにそう口にしてしまう。こみ上げてくるものを耐えるかのようにシーツを握った。この衝動のままトニーを揺さぶりたい。思い切り突きあげてやりたい。
「好きだよ、トニー」
「ぅ、すてぃーぶ、」
「好きだ」
 耳に直接囁くと、トニーの腹の奥が再びきつくなった。スティーブの言葉を嬉しがるように、トニーは覆いかぶさってくる男の腰に足も絡ませる。手と足でぎゅうぎゅうとしがみつかれ、スティーブは困ったように眉を寄せた。
 思い切り突いてやりたいのに、この体勢では思うように動けない。かといって無理矢理剥がすにはあまりにもかわいらしく、彼の腹に埋められている肉棒がただどくどく脈打つばかりだった。
 ぽおっとしているトニーを見て、スティーブはキャプテン・アメリカに嫉妬すらした。このスーツを着て、こんなにも蕩けるとは。
「んくっ、う、……ッ! あ、あァっ」
 腰が引けない代わりに、奥をくじるようにしてペニスを押し込む。うねる肉ひだが血管の一つ一つを舐めるように包み込んできて、その快感に歯を食いしばる。これではきっと長くもたない。そういえば、スキンもつけていなかった。トニーが腹を壊すのは目に見えているので外に出してやりたかったが、こうもしがみつかれていると引き抜くこともままならない。上半身をトニーから少し離すようにする。そして、
「トニー、足を少し」
 緩めてくれないか、と続けるつもりが、更にきつくしがみつかれてしまって叶わなかった。
「ん、んンっ」
 いやいやするようにトニーが首を振る。そして、まるで猫のように首筋に擦り寄ってきて、すんすんと匂いを嗅いでくる。そしてトニーの瞳が蕩けた瞬間、腹の奥も呼応するようにきゅんきゅんと締まってみせる。
 あまりにもあんまりなトニーの仕草と素直な反応を見せる体に、スティーブは陥落した。これはだめだ。中に出す。
「ふ、……あ、んあッ、――ぅう、んっ、ンッ」
 トニーの腰に両手をまわす。そうすると、更に体が密着した。スーツを隔てているせいで肌同士が触れあっているわけではないが、トニーはスティーブに抱きしめられたことに満足の表情を見せた。
「スティーブ、すてぃーぶ」
「……ッ、トニー……!」
「そこ、ン、もっと、」
 撫でるようにして最奥を先端でつつけば、嬉しそうに鼻を鳴らした。それに煽られてスティーブのものがぐうっと膨らむ。
「う、……っだ、すぞ、」
「ん、ん、」
 トニーがかぷりと肩に噛みついてきて、その刺激にたまらず精液をぶちまけた。中で出すのは久しぶりで、搾り取るような動きをするひだにぐうと喉が鳴る。腹に出された飛沫の熱さにトニーも絶頂を迎える。今度も中だけでオーガズムを極めたらしく、流石にきついのか目の焦点が合っていない。
 スティーブはすべてを出し切った満足感のままトニーの唇に自らのそれをよせる。ずっと待っていたかのように、トニーが息も絶え絶えに舌を差し出した。くちゅ、ちゅる、と互いの唾液をすする音に煽られて、スティーブのものが再び硬さを増していく。それを腹の奥で感じたのか、トニーがスティーブに巻き付けている足をもぞ、と微かに動かした。
「トニー、もう一度」
 既に二度達したトニーは体力も限界なのだろうが、スティーブの再び熱の籠った目を見てこくんと頷く。
 この体勢だとせっかくのトニーの格好が見えないと何とか離れようとしたが、それを嫌がるトニーとしばらく格闘したスティーブだった。
 ハロウィンも近いから、とトニーは言ったが、正直これではまだお菓子も悪戯も足りないので、当日はまた何か別のものを準備しよう。そう思いながらも、とりあえず今は、いじらしく名前を呼んでくるトニーを堪能することにする。

 

「トリックアンドトリート」
 ぶすくれた表情で、トニーは自分を後ろから抱きしめるスティーブに言う。
「どっちかじゃないのか?」
「だめだ。どっちもだ」
 バスタブの湯を後ろにかけるが、スティーブはそれを難なく避ける。二人で入ってもまだスペースの余るバスタブでトニーを後ろから抱きしめるのがスティーブのお気に入りなのだが、トニーはあまり好きじゃなかった。単純に、甘やかされていると感じ過ぎるので、くすぐったいのだ。
「欲張りだな」
 ちゅ、と目尻にキスをされたので、それから逃れるようにトニーはぷいっと首を振った。
「君が悪いんだからな。部屋に居なかったし、来ても黙って見てるし、変なプレイさせるし、中に出すし、その上何回も、もが」
「わかったわかった」
 ぱふ、と口元を手で覆われて言葉が遮られた。手のひらの下で尚ももごもごと口を動かしていると、腹にまわされた腕に力が込められる。
「当日はちゃんと用意しておこう。君の好きなものを何でも」
 スティーブの手を両手で掴みやっと口から外させると、トニーはぷは、と息を吐きながら「何でもと言ったな?」と後ろを振り返る。
「俺は聞いたぞ。何でもと言った」
「……言うんじゃなかったな」
 ため息を吐くスティーブににやっと笑いながら、何をねだってやろうかと今から考えることにする。ハロウィンまでまだ日にちはある。当日は今日以上に、思う存分楽しんでやる。そのためにこの男をどうしてやろうか。
「そうだな、そのペニスにホワイトチョコでもぶっかけるのはどうだ?」
「勘弁してくれトニー」
 じゃあクリームだの蜂蜜だのと、わくわくしながらはしたないことを紡ぐトニーの唇を、スティーブは己のそれで塞ぐ。始めはもぞもぞと抵抗していたが、段々と力が抜けてスティーブの舌に自ら吸い付いてみせるトニーだった。
「トリックアンドトリートだからな、スティーブ」
 わざわざ念を押すようにそう言ったトニーに、スティーブは苦笑しながらわかったと頷く。
 今日散々に使われたキャプテン・アメリカの旧スーツは、未だベッドの上で洗われることのないまま放置されている。後日、羞恥と罪悪感を募らせたトニーがまるで新品同様にそれをメンテナンスしたことは、本人とスティーブしか知ることはなかった。

 

Fin.