この心臓は、君の形をしている。

 

 

 雪の綺麗な朝だった。
 太陽の光で銀色を帯びた地面を、その一足で四人家族が悠々と一年過ごせるほどの値段のするブーツで静かに踏みしめる。ほうと息を吐けば、白い息は霞となって頬を緩やかに撫でていく。自らが生み出した温もりですら、ここでは酷く手放し難いものだ。
 街から車で二時間ほどかかるこの場所で、トニー・スタークは身一つのままただひたすらに歩いている。ハッピー・ホーガンは何度も何度も彼を引きとめたのだが、叶うはずもなかった。結局、いつでもアーマーが身に付けられるようになっているのを確認して、GPSで居場所を把握出来ることを確信して、漸くトニーが一人で外出することを了承した。
 ペッパーは何も言わずにただ「そう」と頷いた。それが、トニーは少し、いや大分意外だと感じて。
「これが信頼っていうものよ」
 左手の薬指を輝かせながら、彼女はそう言った。
 本当はあまり外を歩きたくはなかったのだけど、この狭い道をシールドが開発中の試作機でもあるフェラーリで走るのは気が引けた。だからもうかれこれ二十分近く、ここをひたすら真っ直ぐ歩いている。
 怖い? そうだな。
 気が進まない? そんなことはない。
 やっとか? そう、やっとだ。
 無意識の内に、自らの左手の薬指を触っていた。無機質で、空気に冷えたそれは、何故だかとても暖かく感じる。ここに来るときは、幸せな知らせと共に。その願いは、今この時叶えられるのだ。
 辿りついた目的地で一人、白い息をぷかりと吐く。煙草は吸わないが、在りし日のあの大きな背中を思い出した。
 ――会いに来たよ、なんて、言えるはずもないけれど。
「……久しぶりだ」
 目の前の墓碑に、そう呟いた。
 ハワード・スターク。マリア・スターク。1991年12月16日。
 生涯で最も恋しい人たちと、生涯で最も忌まわしい数字が刻まれている石に、縋りたくなるのを耐えた。
 喉奥からこみ上げる灼熱のような痛みを飲み込んで、表へと出てきたのはつるりとした月並みな言葉だった。
「なあ、前置きとかそういうのは、今更だろう? だから、単刀直入に言うけど」
 震えそうになる声を叱咤して、左手を墓にかざすようにする。太陽できらりと輝く指輪は、もう長いことずっとハッピーのスーツのポケットであたためられていたものだ。
「結婚するんだ」
 雪が一粒手の甲に落ちる。じわりと溶け皮膚に染みこんでくる空からの落とし物を、もしかしたら祝福なのかもしれないなんて、そんなことを思った。
「報告だ。もっと前に言えって? いいだろ、二人ともずっとここにいるんだから」
 まるで自虐のように言って、ふと目を伏せる。長い睫毛が音を立てるように瞬きをしても、目の前の墓石は色を変えないし、祝福の言葉も名前を呼ぶ声も聞こえてこない。
 涙は流れなかった。だけど、ひたすらに胸が空虚だ。
「……もっと、嬉しそうに言えばよかったな」
 墓石に触れようとした手は、結局途中でその目標を見失った。太陽からも雪からも隠すようにして、黒のトレンチコートのポケットに両手を入れる。手袋を持ってこればよかった。
「ペッパーと私で、夫婦になるんだ。祝ってくれよ? 息子がやっと腰を落ち着かせたんだから」
 ふふっと笑えば、しんしんと降る雪の音だけが返ってきた。
 だから、しゃり、と、背後から聞こえた微かな音も、この耳は拾うのだ。
「――両親と息子の久しぶりの邂逅に現れるとは、どんな目的があってのことだ、ロジャース」
 キャプテンと呼ぶのははばかられて、だからといって名前など呼ぶはずもない。
 後ろから、雪を踏みしめる音が近づいてくる。それはほんの二メートルほど離れたところで止まった。
「隠れる気もなかったか。老人の考えることはよくわからんな」
 車から降り、歩きはじめた時にはもう気がついていた。彼が本当に隠れる気であったのなら気配をトニーに感じ取らせることなどけしてしないだろうから、別段隠れる意思はなかったのだろう。
「ト、」
「ここで私の名前を呼ぶなよ」
 ぴしゃりと言えば、後ろの男は黙った。滑稽だ、いっそ。
「……何の用だ。私はあの絶滅危惧種の電話を使った覚えはないんだが?」
 振り返ることも無く話を続ける。彼が背後で一歩、自分に近づいてくる気配がした。
「テレビを見た」
 久方ぶりに聞く声は、記憶よりも幾分低く感じた。それと共に、二人の時は公の場より少し籠った声を出す男であることを思い出した。
「それで?」
「……婚約したんだな」
 くっと喉奥で笑う。そのことをわざわざ確かめるためにここへ? らしくない。
「そうだ。随分盛り上がった記者会見だったな。もう随分と前のことだが」
「…………」
「それがここに来た理由と何の関係がある?」
 ポケットに両手を突っ込んでいてよかった。かじかむ手をこの男に見られるのは正直好ましくないことだ。
「……それが、理由だ」
 告げられた言葉に、トニーは自然とポケットの中で両の手を握りしめていた。指輪の冷たさが皮膚を伝って、胸にまで。先ほどはあんなにも暖かく感じたというのに。
「私たちの婚約が、あんたがここに来た理由だって言うのか?」
「そう言ってる」
「意味が分からないな。私とペッパーが結婚したところで、世界の平和は脅かされないし、あんたの信念を邪魔することも無い」
「これで最後だと思った」
 何が、と尋ねることすら億劫だ。瞼を閉じて、視界を覆う白をシャットアウトする。落ち着く。けれど、一人だ。
「――おめでとう」
 告げられた言葉は、降りしきる雪よりも冷たく肌を突き刺していく。
 トニーは、更にきつく瞼を閉じた。
「……んで、あんたなんだろうな」
「え?」
 ひとりごとのつもりが、血清を打っている男の前では対話として成り立ってしまう。それに舌打ちをしたくなりながら、それでも。
「祝いの言葉は、あんたから欲しかったわけじゃない」
 叫んだようでいて、だけど実のところ、掠れて酷く弱った声だったのだ。
 深く息を吸い、吐く。肺に刺すような空気を流し込みながら、トニーは後ろを振り返った。
「……すまない」
 この男の瞳と同じ色のダウンコート。バイクで走って来たのか、ダークブロンドの髪が少し乱れていた。見慣れない無精髭が彼の顎を覆っている。変装のつもりか、ただ単に身なりを整える余裕がないだけなのか。何故アメリカに入国出来たんだと尋ねることは無駄な気がした。
 謝罪の言葉に、トニーは歯を食いしばる。以前はそんな言葉、トニーに対しては使わなかった男だった。いつからそれを口にするようになった? そんなの明白だ。
「それは何に対しての謝罪だ?」
 男は、唇を引き結んでみせた。それを見て、思わず大声を出して笑いそうになる。しかし唇がひきつるのは、笑うためではなく。
「あんた、よくここに来れたな」
 零れた言葉は、きっと、ナイフのように彼の心臓辺りを刺したのだと思う。トニーは自身でも、今自分が何を口にしたのかわかっていなかった。無意識に形を成したトニーの声に、一瞬、男の顔がぐしゃりと歪んだ。
「…………ッ」
 ぶわりと。
 体の奥底から湧き上がってきたのは、純然たる怒りだった。
 あんたが。あんたがそんな顔をするのか。なあ。なあ。わかってるのか? あんたが裏切ったのは私じゃない。この石の下で、今も静かに眠っている――
「っ、トニー……!」
 突然、腕を掴んできたトニーに男は慌てた声を出した。それに構わず、深く積もった雪をざくざく踏みしめて、トニーは一直線にある場所へと向かう。
「トニー、待ってくれ、どこに――」
「ここで名前を呼ぶなと言っただろう!」
 掠れた、けれど今度こそ叫びと呼んでもいい声を出したトニーに男は黙る。彼の力をもってすればトニーの腕を振り払うことなど、赤子の手をひねるほどには簡単だろうに。
 トニーが目指した場所は、墓場から歩いて数十秒の所にある小さな木造の小屋だった。人の気配は感じられない。一瞬たじろいでみせた男も、トニーの問答無用に引っ張る腕の力に大人しくついてくる。
 ギシギシ音が鳴る扉を開け、そこに入るなり「閉めろ」とトニーが言う。扉が閉まる音と共に、小屋の中は薄暗くなった。木の板の隙間から、太陽に反射して輝く雪の光が差し込んでいる。トニーは小屋の埃っぽさに顔をしかめ、その険しい表情のまま後ろを見た。
 その男――スティーブ・ロジャースは、陰で半分顔が隠れてしまっていて表情は読めなかった。しかし、僅かに戸惑っている様子は察した。
「……はっ」
 吐き出すように笑って、呼吸が乱れそうになるのを隠す。自然と首を守ろうとする両手を抑えつけるのに、思った以上に精神力が必要だった。
「――怖いのか?」
 スティーブが、顔と同じく表情の読めない声で言う。それを聞いて、トニーは歯を食いしばった。シベリアでは上にのしかかられて、思わず顔を、首を庇った。殺す気などなくてもこちらを易々抑えつけることが出来るだろう人間と、こうして二人きり、狭い場所で佇んでいる理由。
 突然、トニーはスティーブの腕を掴み床に引き倒す。彼の体は大した抵抗もせず、音を立てて床に崩れ落ちた。体勢を立て直そうとする男をまたぐようにして、トニーは上にのしかかる。あの日と逆だ。こちらを見る瞳には、自分とは違い恐怖の欠片も浮かんではいないけれど。
「スターク、どういうつもりだ」
 仰向けに倒れたスティーブの声は険しい。しかし、浮かぶ表情はその声に反して柔らかなものだった。それも当然と言えば当然か。トニーはアーマーでも無い限り、この男に危害を加えることなど出来はしないのだから。力の面では己が圧倒的に有利だと自覚している男の様子に、怒りと、苛立ちと、諦めとがないまぜになった感情が湧いてくる。
 不意に、父と母の最期を思い出した。
「……――なあ、キャプテン・アメリカ」
 その名で呼ぶと、男の瞳孔が僅かに開いた。脊髄反射のようなものだろうか。それに歪んだ笑みを浮かべて、トニーは言う。
「抱けよ、私を」
 ここで、と言い放つ。今度こそスティーブの目が驚いたように見開かれた。
「おい、スターク」
「うるさいぞ」
 ごそごそと彼の下肢に手を伸ばす。慣れた手つきで下着ごと服を下ろそうとすると手首を掴まれた。
「正気か?」
「狂ってた方がましだったな。まあでも、残念なことに正気も正気だ」
 振り払おうとしても、スティーブの手はほどけない。舌打ちをして、トニーはその顔を睨んだ。
「別に、私とするのは初めてじゃないだろう。それとも何だ? こんなに明るい時間からなんてっておぼこぶるのか?」
「そうじゃない! ここは、」
「そうだ、私の親父とお袋がいる」
 スティーブが口をつぐんだ。トニーはある方向を指さして、下にある男の顔を強く見つめながら言う。
「あそこに、私の両親が眠ってる。あんたの親友が殺し、あんたが真相を黙っていた、二人があそこに」
 指さすのは、二人の墓がある場所だ。スティーブの目が苦しそうに細められ、トニーの手首を握る手に更に力がこもる。
「その二人の息子が、私だよ、キャプテン」
 手首を掴まれたまま、彼の襟ぐりを掴み上げる。スティーブの頭ががくんっと下がり、それを追いかけるようにしてトニーは顔を近づけた。
「抱いてみせろよ。あんたを半生かけて捜し続けた男の息子をここで抱け。私の親へのあんたの裏切りが一つ二つ増えたところで、今更だろう?」
「……傷つくのは君だ」
 唸るようにしてスティーブは言う。それに咆哮しそうになりながらも、喉から絞り出すようにしてトニーは答えた。
「自惚れるなよ。今更あんたに抱かれたところで、傷の一つもつきはしない」
 瞬間、男の目の色が変わった。
 手首が折れるかというほどの力で握りしめられ、一瞬にして体勢が逆転する。体が床に打ち付けられ軽く呻き声が出た。うつ伏せの体にスティーブが体重をかけてくる。両手首は背中にまわされ、スティーブの片手によって拘束された。
「君は、」
 彼の息が耳にかかる。反射的に体が震えた。
「君はばかだ、トニー」
 そうだ、名前を呼べ。
 あんたがこれから抱く男の名前を、父と母の眠る場所で、呼ぶんだ。

 

 木の床でささくれ立っている木くずが指を刺す。体中の神経が過敏になっていて、そのじくじくとした痛みが理性の糸を一本一本焼き尽くしていくようだ。
 トニーはうつ伏せのまま、スティーブの剛直に貫かれていた。まともに慣らしてもいない後孔は奇跡的なことに血を流していなかった。それがまるで自分たちの体の相性「だけ」はいいのだと証明しているようで滑稽だ。背中で拘束されていた両手はいつの間にか解放されていた。床にすがりつくように爪を立てれば、後ろから聞こえる濡れた音と交わって耳障りな音がした。
「……っう、ァ、ぐ」
 腹の中をかき混ぜられる圧迫感に呻く。硬くそそり立ったものの裏筋が前立腺を擦れば、反射的に体がはねる。視界が霞む中、男の声がトニーの意識を引き戻す。
「スターク、腰をあげろ」
「う、呼べ、よ」
「……トニー、腰を」
 言われた通りに腰を上げれば、男は満足したように更に深く突いてきた。身に着けたままのコートが首元へと落ちてくる。足が揺れるたび、ブーツのつま先が床の木くずを細かく裂いた。ぐちぐちと奥をくじられ、背中がのけぞり胸が床に擦れた。木くずが肌に刺さる痛みに呻くと、スティーブが胸に手を伸ばし抱え上げようとした。その手を振り払い、腰を押し付ける。
「やめろ」
「……――」
「あん、た、は、腰ふってれば、いい」
 男の動きが一瞬止まる。そして次の瞬間、奥を割り開くように強く腰をぶつけられた。
「ひ……――ッ」
 トニーの悲鳴のような声に構わず、スティーブは中を穿つ。尻に彼の陰毛が触れるぐらいに組み合わさった腰を揺さぶられ、トニーは呻きとも喘ぎともつかない声を漏らす。
「君は、何を望んでいるんだ」
 怒りと悲痛さをごちゃ混ぜにしたようなスティーブの声が耳に届く。
「こんなことをされたかったのか? 僕に犯されたかったのか? なあ、傷つかないなんて、嘘だろう?」
 ぐちゅんっと酷い音が小屋に響く。床に更に胸を擦りつけるようにして、トニーは首だけで背後を向く。
「あんたが、ぅ、そう思いたい、だけだろ……っ」
 私があんたの言葉に、行動に、傷ついてみせる、それは、あんたこそが望んでいることじゃないのか?
「違う」
「おぼこぶるなよロジャース、あんたは、」
「違う!」
 切羽詰まった声がした。それと連動するように中を抉る動きが激しくなった。
 笑いだしそうになって、ふと、左手の薬指が目に入った。木の板の隙間から漏れてくる雪の光に輝いている、それだけが今のトニーの拠り所だ。
 なのになぜ、今自分はこうして喘ぎ呻いているのだろう。木くずが痛い。剥き出しの下半身が寒い。擦られる中が圧迫感で苦しい。時々掠める箇所がとんでもなく気持ちいい。
 ああ、そうだ。これは、私とあんたの裏切りだ。私はあんたを責めたくて、罵ってやりたくて、だから、裏切りを重ねさせてやりたい。
それでも、これは私が彼女を裏切るほどの価値があるものなのか? 否だ。そんなもの、あるわけがないのに。
 親父とお袋はここにいるんだから、私のことを叱ってくれてもいいのにな。不誠実にもほどがあると、ぶん殴ってくれてもいいのにな。
 なあ、だけど。いないじゃないか。どんなに捜したって、あなたたちは。
「トニー」
「っあ、……っひ、ぅ、」
「……こっちを見ろ」
「ぃ、やだ、」
「トニー」
「うるさい! 呼ぶな! その声で、わたしを、」
 親父がずっと捜していたもの。昔から、この男が父の最高傑作なのだと思っていた。あなたは私こそを最高傑作だと言ったけれど、どうしてか、無表情で佇む幼い自分が、それを受け止められないんだ。
「……がう、」
「スタ、」
「がう、ちがう、……ッ呼べ、呼べよ――僕を呼べ!」
 喉から血が出たみたいだった。
 スティーブの手がトニーの腰を更に強く掴む。ゆっくり抜かれ、一番太いところを縁がくぱりと食み、そしてまた勢いよく中に突き入れられた。
「トニー」
 父と同じ時代を生きた男の声が名前を呼ぶ。もう長いことずっと、父親の最高傑作だと思っていた男が、名前を呼ぶ。
 トニーはその声に滑稽なほど体を震わせ、ひぐひぐとしゃくりあげた。
「トニー」
「……さ、ん、」
「トニー」
「ぅ、さん」
 床を指で弱々しく引っ掻く。その音を聞き、そしてトニーが何を口にしたのかを察したスティーブが、喉を低く鳴らし最奥へと剛直を穿つ。
「――トニー……ッ」
「……――ッあァ!」
 それからの動きはとても激しく、トニーはまともに言葉を紡ぐことが出来なかった。スティーブがそれを望んだのかもしれなかった。あ、あ、とただの音を漏らす年相応の背中に覆いかぶさり、彼は言う。
「トニー」
「あ、ァ、あ……」
「傷つかないなんて、嘘を吐くな」
 血が滲んでいるような苦痛を潜ませた声に、トニーは心臓が串刺しにされた心地を覚えた。
 ばかだ。嘘を吐いたのはあんただ。なのにどうして、そんなに苦しそうなんだ。
 わかってる。だけど、わかりたくない。あんたが苦しんでることも、あんたが私に吐いた嘘の意味も、わかりたくなんかないんだ。
 だって私がそれを受け入れてしまったら、親父とお袋はどこへいく? だってあんまりにも報われないじゃないか。私が恨んで、憎んでやらなかったら、あの二人は。
「トニー」
「……――ぁ、あ」
「…………すまない」
 中がつきんと熱くなる。腹の奥へ吐き出された飛沫に震えれば、床に当たった指輪が無機質な音を立てた。
 体が反転させられる。顔を覆う気力すら無く、様々な液体で汚れた顔をさらけ出した。ぼんやりと微かに見える男の顔が、泣きそうだと思った。
私は赦さなければならないのだろうか。でもどうしても、あの光景が頭を塗りつぶすようにして、離れないんだ。雪降る中での、あの凄惨な景色が、まるで絵画のように。
 男の顔が近づいてくる。キャプテンと呼んだら、ついに目の前の瞳から涙が零れ落ちた。それを頬で受け止めて、どうして黙っていたと彼を責める。この男だって苦しいのだ。だけど、罵るのを、責めるのをやめられない。
 だって、あなたたちがいない。この男を無我夢中で捜して、私のことを最高傑作だと呼んでくれた、あなたがいない。
 今日は、12月16日。

 

 おとうさん。