大きな手のひらが鎖骨を辿る。硬く張った指の腹で皮膚を優しくなぞられれば、ふ、と隠しきれない色を載せた吐息が零れる。それは「キスが欲しい」との合図と同義なのだが、己に覆いかぶさる男は何故かこういう時だけは気まぐれさを垣間見せるので、唇がもらえるかどうかは、五分五分だった。しかし、どうやら今日は素直な気分らしい。鼻をすり合わせた後、ためらうことなく口づけてきた。リップ音すらしない軽めなキスを数度。そして前触れもなく突然に、舌をぬるりと唇の間に彷徨わせる。それが、この男がするキスの癖だった。
「ん、ふ……」
Tシャツの裾から手が入ってきて、腹をぐるりと撫でられた。緩慢な動きで胸にも触れられほうと息を吐けば、唇は静かに下りてくる。
「スティーブ」
名前を呼ぶ。すると、嬉しそうに腰を抱かれた。浮いた腰からゆっくり下着が脱がされていく。指の背が腰骨に当たるたびにぴくんと小さく体が震えた。待ちきれない。その思いのまま目の前の頬に手を添えて、先ほどよりも深いキスを贈る。くちゅ、とお互いの唾液が絡まる音はいつだって、この先への興奮をたまらなく昂ぶらせるものだ。
「トニー」
「んーー」
その指先が敏感なところに触れるという、その時ーー。
「うわぁああっ!」
ドカァンッ! という激しい音と共に、叫び声が聞こえてきた。
「…………」
「…………」
その体勢のまま制止する。大きな音の出所を、何も言わずしても二人同時に思い浮かべているのだ。
ハルクだろうか、ソーだろうか。クリントだという可能性も十分にある。あの叫び声は恐らくサムだろう。
どうするかとトニーが視線を送るが、己に覆いかぶさる男は何も無かったかのように再び唇を近づけてくる。しかし。
ドゴォンッ! わああっ! おい何だよ! ドガンッ!
「…………」
「…………」
音は更に激しさを増した。
「トニー、すまない」
「ああ」
慣れた様子でスティーブがトニーの上から退きベッドの下に放り投げられていたTシャツを着る。トニーはどうするかと暫し悩んだが、そのままベッドに寝ていることを決めた。
「今何時だと思ってる!」
その声と共に、スティーブが部屋から出て行った。
一人になった自室で、トニーは大きなため息をつく。
「またおあずけか」
うつぶせになって、枕の匂いを嗅いでみた。しかし自分のベッドなのでスティーブの匂いはしない。余計に寂しさが増してしまった。
もう何日スティーブとのセックスを中断させられていることだろう。朝も昼も夜も元気いっぱいのメンバーが住むこのタワーでは、ひっそりセックスを楽しむのはとても難易度の高いことだった。
to be continued…