零れたミルク

 

 

「あっ」
 トニーの驚いた声が響き、次いでぱしゃっと何やら液体が零れた音がした。
 隣に座っていたスティーブは何だ、と片眉を上げながらトニーの方へと視線を寄越した。
「悪い……」
 何やら彼が謝ってきたのでどういうことかと思ったが、なるほど、その黒い服の胸元にシミができていた。
 こんな夜中になぜふたりはアベンジャーズのメンバーが昼に集まっているリビングのソファーで座っているかと言うと、眠れないで研究室に籠っているトニーをスティーブが見つけたからだった。無理矢理ここへと連れられて不機嫌そうな顔を隠さなかったトニーであったが、スティーブが作った蜂蜜入りのホットミルクをもらったことでその機嫌は簡単に上昇したらしい。自分の分には何もいれていないホットミルクを手にしたスティーブと、眠気が訪れるまで音量を下げたテレビの前で座っていたトニーだった。
 しばらく無言でテレビを見ていたふたりだったが、トニーがマグカップの中のミルクを零したことで沈黙が破られた。
 そして冒頭に戻るのである。
「すまない、タオルを――」
 立ち上がり何か拭くものを求めたトニーの右腕をスティーブが掴む。何の脈絡もないスティーブのその行動にトニーは首を傾げた。
「スティーブ?」
 トニーの腕を掴む男は、じっとある一点を見つめている。その視線の先を察したトニーは、少しだけ耳が熱くなるのを感じた。
「あ、あまり見るな」
 零れたミルクは、見事にトニーの胸にシミを作っていた。黒の服を着ているため、その白さがとても目立っている。いたたまれないのもそうだったが、ぴちっと体にフィットした服を着ているせいでミルクが地肌に浸透していて気持ち悪かったので、早く拭くものが欲しかった。
「スティーブ」
 今度は咎めるようにしてその名前を呼ぶ。それでも腕を離そうとしない男に痺れを切らし、無理矢理にでも立ち上がろうとした。
 が、
「うわっ!」
 ぐんっと腕ごと体を引き寄せられ、音を立てて再びソファーに沈みこんでしまった。
 思わぬ動きに目を瞑ったトニーは、自身の体に近づいてくるスティーブの顔に気づかなかった。
「おい、スティー――ッ!?」
 文句を言おうとしたトニーは、突然の刺激に口をつぐんでしまう。
 濡れた胸元に、更に濡れたものが押し付けられる。スティーブはトニーの胸元を、布越しにべろりと舐め上げていた。
「な、」
 予想だにしないスティーブの行動に、トニーは一瞬固まってしまう。その間にもスティーブは舌を寄せていて、勝手にそこをミルク以外のもので濡らされる。
「ちょ、スティーブ、何して、」
「ん……」
「ひっ!」
 突然左胸をわしづかまれて素っ頓狂な声をあげてしまった。スティーブの右手はそのままトニーの胸を揉み、舌は右胸に集中することにしたようだった。
 と、そんなことを冷静に考えることができる状況ではない。
 スティーブに刺激されたことで、トニーの二つの尖りはぷっくりと膨らんでしまっている。もちろん、その膨らみは布越しでも十分すぎるほどわかるので、スティーブの舌は的確に粒を舐め上げていた。
「あ、スティーブ、……っまずい、って」
 唇で挟まれ、びくんっと体が震える。そのままちゅうっと吸われれば、甘い声が出てきてしまうばかりだった。
「おいばかスティーブ、ここ、で――っ、だ、めだ」
 必死に抵抗を述べるも、左の乳首を指でぎゅうっと摘ままれてしまえば声は震えてしまう。ついに歯でそこを挟まれてしまって、トニーは思わず胸にむしゃぶりつくスティーブの頭を両腕で抱えた。いつの間にかトニーの腕を掴んでいたスティーブの左腕は、引き締まったトニーの腰にまわされていた。
「あ、ゃ、……――っひ、」
 こりこりと半ば粒を噛むようにされて、トニーは誤魔化しようのない喘ぎ声を出した。まさかここであえかな声を響かせるわけにもいかず、太陽のような金髪にその顔を埋める。シャンプーの匂いと隠しきれない汗の匂いに、間違いなく今のスティーブが興奮しているのを感じとりトニーの腰がひくんと震えた。
「や、だめ、だめだ――ッ、あっ、あっ……」
 トニーがいくらだめだと口にしても、スティーブは聞く耳を持たない。むしろそんな制止の声に更に興奮しているのか、トニーの胸への刺激は強くなるばかりだった。
 最初は、だめだ何してるやめろスティーブと喚いていたトニーだったが、スティーブの執拗な胸への責めに次第に猫の甘えたような声しか出せなくなっていた。
「あぅ、あ、ん、……っア、や、――んンッ」
「――ミルクの味だ」
 ぼそっと、やっとスティーブが言葉を発した。しかしあまりにもあんまりなその言葉にトニーは頭がくらくらした。
 ミルクの味を求めて胸にむしゃぶりつかれてもトニーからしたら困るだけだ。びくっ、びくっと震える腰を抱き寄せたまま、スティーブは相変わらず一心不乱にトニーの乳首を味わっている。
「も、もう、はなし、て、くれ、すてぃーぶ」
「だめだ」
 いっぱいいっぱいになりながらも訴えかけたのに、ぴしゃりとその要求は跳ね除けられてしまった。仕置きだとでも言うように片方は爪を立てられ、片方は歯で引っ張られる。布越しのためそのざらざらとした刺激も加わって、トニーは涙目になりながらスティーブの頭をかき抱いた。
「や、くる、くるからぁ……――っ!」
 震えながらぎゅうっとスティーブにしがみつくと、じゅうっと一際強くそこを吸われた。
「あ、ァ、――――ッ!」
 びくんっと大きく体を震わせて、トニーは軽く達する。じわ、と下着にもシミができただろうことを確信した。
 息が整わないトニーの胸からやっと顔をはなし、スティーブは目の前の唇に己のそれをふれさせた。
「ん、」
 達したばかりでするキスは息苦しい。だからあまりトニーは得意ではなかった。しかしスティーブは構わずトニーの舌を見つけ出し己のものと絡ませる。ちゅ、じゅ、と深いキスにまたしても自分を昂ぶらせようとしているスティーブの意思を感じた。
「んむ、ン、」
 ミルクとスティーブの唾液で濡れた胸元は、すっかり色が変わってしまっていた。ひんやりと感じる布をスティーブがゆっくりとまくりあげて、両手を腰骨からあばら、胸元、尖りへとスライドさせていく。そのたびにトニーは敏感になった体を反応させた。
「ンッ!?」
 かりっと両方の粒に爪を立てられ、トニーはくぐもった声をあげた。強い刺激を与えたことを謝るようにして、今度は指の腹が乳輪をゆっくりと撫でていく。
「……っ、ん、――ッ!」
 まだ胸を苛めてこようとするスティーブを止めようと両手首を掴むが、力の差は歴然なのでびくともしない。「ふぁ、あ」と蕩けた声では、やめろなんて言えたとしても説得力の欠片もなかっただろうが。
「っは、」
 やっと唇が解放されてトニーは息を吸う。繋がった唾液の糸を舐めとったスティーブは、トニーの首元、耳の後ろに鼻を寄せた。
「トニー」
「ん、う、」
「ミルクの味がする、匂いも」
 スティーブの掠れた低いその声を聞いても、彼の何のスイッチを押してしまったのか未だトニーにはわからないままだった。
「ベッドへ行っても?」
 興奮を隠そうともしないスティーブに、トニーはこくりと頷く。ここでこれ以上を求められるのはあまりにもリスクが伴った。
 このあとスティーブとベッドですることにはもう異論はないのだが、彼の前でミルクを零すのはこれっきりにしようと決意を固くしたトニーであった。

 

Fin.