ぬちゅ、ぬちゅ、と卑猥としか言いようがない音の出所は、自分の胸からだった。
「トニー」
は、は、と荒く息を吐く目の前の男は、ベッドに腰かけトニーの頭を撫でている。
「……気持ちいいか?」
聞くと、ふっと優しく微笑まれた。
「ああ」
その顔が見られただけで、やってみてよかったと思うのだから、単純なものだ。
一週間、スティーブは任務でタワーを離れていた。神経をすり減らす潜入捜査が続き、最後の二日間は敵と激闘を繰り返したらしい。ぼろぼろになりながら辛うじてそんな報告をしたスティーブに、アベンジャーズのメンバーは労わりの言葉をかけた。それはトニーももちろんで、表向きの言葉とはまた別に、恋人として、スティーブの部屋でも「お疲れさま」と声をかけたのだ。
そして軽い気持ちで言ってしまった。「ご褒美でもやろうか?」と。
スティーブはきっと笑いながら、「その気持ちだけで十分だ。今はゆっくり休みたいから、一緒に寝よう」とでも返すのだと思っていた。スティーブ・ロジャースはそういう男だと知りながら、戯れの一つとしてトニーはそう言ったのだ。
だから、スティーブから帰ってきた返事に、トニーは思わずぽけっとしてしまった。
「ああ。ご褒美をくれ、トニー」
トニーを抱きしめながら、甘えた声で請う。
そんなスティーブの姿を見ることなどこれから先ありえるだろうか。思わず舞い上がってしまったトニーは、深く考えることなく、「もちろんだ! 何でも言ってくれ!」ときらきらした目でスティーブを見た。
そんなトニーにちゅ、とキスを返しながら、スティーブはある部分を両手でわし掴んだ。
「……ん?」
トニーはスティーブの両手の先を見やる。
程よく筋肉のついた胸が、スティーブに揉まれていた。
「……?」
突然のことに、トニーの頭にははてなが浮かんでいた。
スティーブはトニーの顔にキスを落としながらも、両手は一心不乱にトニーの胸を服越しに揉んでいる。
「スティーブ……?」
混乱しながらも名前を呼ぶ。
スティーブはセックスがしたいのだろうか? それは別に構わないのだが、こんな風に直接的に求められるのは初めてだった。雰囲気や流れを大切にするスティーブらしくない。それほど疲れているということだろうか。
色々考えていたことはしかし、次のスティーブの言葉で全く意味のないものになってしまった。
「挟んでくれないか」
まるで一緒に寝てくれないかと言う時と同じトーンで、スティーブはトニーにそれを請うた。
「……? …………?」
トニーの頭にまたしてもはてなが浮かぶ。
その間も、スティーブの両手はトニーの胸を揉んでいた。
「……一応聞くが、何を?」
トニーの返事に、スティーブはぐりっと腰を押し付けてきた。その熱と硬さに、思わずトニーは声を上げそうになった。
疲れてるんじゃなかったのか、眠らなくていいのか、というか胸を揉むのやめてくれないか。言いたいことはたくさんあったはずなのだが、トニーは混乱する頭のままこう言っていた。
「挟めるほど大きくないぞ!」
多分、もっと言うべきことがあったのだろうが、そこまで頭の回転が回らなかった。天才のトニー・スタークにあるまじき事態だ。
「君のこの大きさがいいんだ」
だがしかし、あのスティーブが胸を一心不乱に揉みながらこんなことを言いだす始末なのだから、こちらとしても頭が回らなくなるのは無理もないのではないか。
トニーはわけのわからない事態に首をかしげたが、スティーブが胸を揉んでくる様子を見るに、かなり切羽詰まっているように見える。この男がこんなに疲れているなんて、こんな風に身も蓋もないお願いをしてくるなんてーーあまりにも想定外のことに、トニーの判断力が急激に落ちてしまっていた。
だから、了承してしまったのだ。
「やってみるが――気持ちいいか保証はできないからな」
「ん……」
自らの両手で胸を持ち上げるようにして、辛うじてできた谷間のようなところで、スティーブのそれを擦る。
女性のように肉があるわけでもないので、スティーブのペニスを刺激しようと思ったら、自分が上下に動いたりするほかないのだ。それが思いのほか恥ずかしく、始めはぎこちない動きしかできなかった。しかし、スティーブのそれから先走りが垂れ始め、胸の間のすべりがよくなると、トニーの中で何かが吹っ切れたようだった。次第に滑らかにスティーブのものを刺激できるようになっていく。
「は……トニー」
スティーブが時折耳をくすぐってくるのが気持ちよかった。褒められているような気もして、トニーは嬉しくなり顔を赤くさせた。
トニーの胸は普段のトレーニングのおかげでそれなりに筋肉がついているものの、もちろんスティーブのものを挟めるほど大きくはなかった。しかしスティーブのようにがっちりとした筋肉と言うわけではなくうっすらと脂肪もついているので、いい柔らかさなのだと以前言われた。もちろんこの男にだ。
これはスティーブへのご褒美なのだからがんばらなくては。トニーもすっかり熱に浮かされてしまっているので、一心不乱にスティーブのペニスに奉仕していた。普段だったら、こんなことできるか! と途中で放棄していただろう。
「ふ、……――っ」
スティーブは気持ちよさそうだが、なかなか達する気配を見せない。それはそうだ。今のトニーの動きはかなり緩やかな刺激しかスティーブに与えない。トニーの胸の大きさではうっすらとした谷間を作ることが精いっぱいで、上下に動くしかできることがないのだ。
「トニー」
ふと、上から名前を呼ばれた。
見上げると、スティーブがトニーの顎に左手を添えてきた。
「ん、」
そのまま親指が下唇をぷるんと震わせ、その手は喉、鎖骨、と段々と下りてくる。
「ふぁ」
最終的に辿りついたのは硬く尖った胸の先端で、そこを親指でぎゅうっと押され、トニーは思わず甘く息を吐いた。
「……」
スティーブは、片手はトニーの乳首を弄りながら、もう片方は自分のペニスに添える。
トニーはスティーブのしたいことをその瞬間に察し、恥ずかしさでかあっと全身を赤く染めた。
「スティーブ、」
「何だ――?」
「それは、その、」
破廉恥過ぎやしないか、と、言いたかったが言えなかった。
元プレイボーイだからという意地もそうだし、ご褒美なのだからスティーブの好きにさせたいという気持ちもあったからだ。
しかしやはり、スティーブがそんなことをするなんて、あまりにも卑猥でこちらの頭がどうにかなってしまいそうだった。
「トニー」
そしてまた、強請る様に名前を呼ばれる。
「ご褒美なんだろう……?」
熱く、熱の籠った目で見下ろされれば、拒否する選択肢などトニーにあるはずもなかった。
こくりと大人しく頷き、自ら胸をそおっと突き出す。
スティーブのペニスの先端が近づいてくる。は、と思わず息が漏れた。赤く膨れた乳首にスティーブのものの先が触れると、「あっ」と濡れた声が出ていた。
「あ、ゃ」
ひくんとトニーの体が震えるのも構わず、スティーブはそこを突くようにして腰を動かした。
思わず引けそうになる体を叱咤しながら、トニーは頑張って胸を突きだす姿勢を維持しようとする。そんなトニーの様子に満足げな顔をしたスティーブは、ペニスに添えていないほうの手でトニーの頭を優しく撫でた。
「いい子だ」
ご褒美をあげているのはトニーの方なのに、褒められているのもトニーの方だ。
スティーブの腰の動きに合わせて、トニーも胸を少しずつ動かす。乳首が先走りの溢れる先端に弾かれるたび、トニーの腰がびくびくと震えた。
「トニー、そのまま……」
ぷちゅ、と、亀頭がトニーの乳首を突いたまま、そのままでいることを強いられる。トニーはスティーブの言う通り大人しくしながら、じっとその硬いものに視線をやった。
スティーブの手がペニスを擦り、じわじわと限界が近づいているようだった。スティーブ自身の手で高められていくそれから目が離せない。ごくりと喉が鳴り、くる、と直感的に悟った。
「くっ……!」
呻き声を上げながら、スティーブが達する。白く粘り気のある精液は、トニーの胸に勢いよくかかった。
胸に飛び散った白い液体に、トニーは自らの興奮が昂ぶるのを感じた。自分の胸でイッたのだ。あのスティーブが。あんな卑猥なことをして。
「スティーブ」
熱に浮かされた顔でスティーブを見上げる。達したばかりだがまだ興奮の収まらない様子の男は、ぎらついた目をしていた。
「もっと、ご褒美、ほしくないか……?」
ねだるようにして言うと、スティーブはふっと口角を上げた。
「ああ。是非とも、トニー」
そう言って、スティーブはトニーの脇に手を差し込み体を持ち上げる。トニーは目の前の男の首に手をまわし、むしゃぶりつくようにキスをした。
自分の体でどれだけこの男にご褒美をあげられるか。それを考えるだけで、腹の奥がきゅんと待ちきれないとでも言うように疼いたのだった。
Fin.