猫が飼いたい。

 

 

 猫が飼いたい。
 そう呟いたスティーブに目敏く食いついてきたのはトニーだった。
 猫飼うのか? いや、忙しいから今はとてもじゃないが飼えない。ふむ。いつかヒーローを引退した時にでも飼うさ。……そうだな、キャップ! ん、何だ?
「私のこと、飼ってみる気はないか?」
 きらきらした瞳に、悪戯っぽさを湛えた顔でとんでもないことを言い放った友人に、は? と、スティーブは間抜けな声を出してしまった。

 胡座をかいた膝にすりすり頭を押し付けてくるトニーの顎を撫でてやると、ごろごろと喉を鳴らした。本当に鳴る筈はないので、鳴らした気がする、というのが正しいところなのだが。すり、とトニーの本来の耳を擽ると、頭につけた偽物の――ネットで買った安物の――猫耳が、ふるりと震えるくらいにぷるぷる頭をふった。
私の事を猫だと思ってくれていいぞ!
 そう言ったトニーをこうして自室で愛でるようになってから、三ヶ月ほどが経った。初めは「わけがわからない」と拒否していたスティーブだったが、一旦この部屋に入ると、家猫よろしく甘えてくるトニーに段々と施されてしまって。
 普段、甘えるという行為は、最もこの男から遠い行為だ。どんなことも一人で抱えがちで、頼るということすらまともに知らないくせに。そんなトニーが自分に懐き、頭を撫でてやると目を細め、膝にのせるとスリスリと首元に頭を押し付けてきて、ぺろりと喉仏を舐めてくる。
 ――つまるところ、そのあまりの愛らしさに、普段小動物なんかと戯れることに慣れていないスティーブは、いとも簡単に陥落してしまったのだ。髭の生えたハンサムな成人男性を愛でる、ガタイのいい金髪碧眼の男。わけがわからない。仲間、友人のラインを超えすぎている。そんな戸惑いは最初の二週間程で霧のように消えてしまった。
「んぅ……」
 耳元を擽りすぎるとぐずるような声を出す。すまない、と頬をふにふに触ってやると、満足そうに口元を緩めもっとと擦り寄ってきた。頭に生えている黒い猫耳と、ぴこんと尻から、正確にはパンツのウエストから飛び出ているしっぽは、二ヶ月ほど前にトニーが持参してきたものだ。これがあったらもっと雰囲気が出るだろう! と嬉しそうに言った完璧主義な男に、どこから手に入れたんだと呆れもしたが、実際にそれらをつけたトニーは思わず顔を覆ってしまうぐらいには凶暴的な可愛らしさを誇っていたので、まあいいか、と些細な疑問は吹っ飛んでしまった。しっぽを触っても人工的な物なのでトニーには特に何の刺激も与えられない。しかし、しっぽを触られていると気づくと、律儀に嫌がるような素振りを見せた。
 健気にスティーブ可愛がる猫であろうとするトニーに、最近は少し邪な思いが混じってきてることも確かで。くいっと顎を上げさせて、咥内に人差し指を差し込んだ。
「ん、むぅ」
 拒否する気もないだろうトニーは、ちゅくちゅくと指を舐め始めた。いつ頃からか定番となってきたそれに、トニーは慣れたように舌を這わす。ぺろぺろと赤い舌でスティーブ指を舐めるトニーは、猫そのものだ。上顎を指で擦ってやるとくふんと小さく声を漏らした。ぺろぺろと一心不乱に指をしゃぶる幼くすら見える姿と、指に伝わる肉感的な舌の感触のギャップに、どくりと腰が重くなったのを自覚する。
 駄目だ、わかっているのに。
 ちゅぱ、と音を立て指から口を放したトニーの頭がスティーブの股座へと向かう。この先のことを思ってまた一段と熱が溜まるのを感じた。
 ぺろり。
 スウェットの上から、トニーの舌がそこを舐める。
「……みゃーん」
 上目でこちらを見上げ、甘えたような、誘うような声でトニーが鳴いた。
 くそ、あざとい。
 可愛がられることを覚え、飼い主を誘惑することも覚えた目の前の黒猫の喉を期待を込めて擽ると、今度は本当に嬉しそうに、喉を鳴らした。

 

Fin.