こんなにも優しい

時計の針が11時を指していて、母さんにいい加減カラ松を起こしてきてと頼まれた俺は階段をとんとんと音を立ててのぼっていた。起こしてくれと頼まれたのだから静かにしなければと気を使う必要もない。襖を開ければ案の定、六人全員で寝ている規格外の大きさの布団の左側がこんもりと盛り上がっている。春先なのにそんなに布団をかぶって暑くないのかと顔を覗き込むようにする。すると、んん、と低く掠れたうめき声をあげて一つ上のこの兄はうっそりと瞼を開けた。
「おはよう、母さんがいい加減起きろってさ」
寝起きの悪いカラ松はきっと自分の顔を覗き込んでいる人物が誰かわかっていないのだろう。開ききってない目を擦り、ぼおっと僕の顔を見つめたまま軽く十秒ほどが経過した。
「チョロ……?」
「うん、僕。なに、体調悪いの?」
 カラ松は確かに寝起きが悪いが、今日は普段にも増して気怠そうでどんなに頑張っても瞼が開ききらないようだった。
 起こしに来たのが一松以下弟三人だったらカラ松は無理してでも起きたのだろうが、僕だと認識した途端カラ松は起き上がることを諦めてしまったようだった。
「んぅ……」
「あ、ちょっと、寝るなって」
 布団に再び潜り込もうとした腕をひっつかみ無理やり起こそうとすると、カラ松がうっと先ほどとは音の違う呻き声をあげた。
「え?」
「わる、い、チョロ松。もう少しだけ寝かせてくれないか」
 嫌な予感がした。
 腕を掴んだ時、少しだけ引っ張られた襟ぐりの中から覗いた肌はいつもより少しだけ赤かった気がする。いつも中心に芯が通っているようにしっかりした動きをする体が、今はくた、と力が入らないようだった。チョロ松、としんどそうに視線だけ寄越すカラ松の目元が、ほんのりと色づいていた。
 その動き、視線、体。全てに漂う色や温度が、濡れている。
(……あー)
 嫌な予感はきっと火を見るよりも明らかだ。
「……いいよ。寝てろ」
 ぱっと腕を離し、なけなしの優しさで布団をかけなおしてやった。すまん、と小さく謝ったカラ松が再びゆっくりと瞼を閉じる。
 僕はというと、少しの苛立ちを覚えながら居間へと戻り昼飯の準備をしてから、母さんにカラ松は体調が悪いみたいだからとの旨を伝える。
(なんっで僕がこんなこと……)
 その怒りの矛先はたった一人だった。いや、カラ松に対しても多少の矢印が向いていたが、やはり今ここに居ない人物への苛立ちが酷い。
「ただいまぁ」
 噂をすればなんとやら。松野家の六つ子の長男がここに帰って来たようだった。
「あー、負けた負けた」
「おい」
 僕が地を這うような声で名前を呼ぶでもなく乱暴に二文字を投げかけると、おそ松兄さんは「いたの」とでも言うようにちら、と視線だけこちらに寄越した。
「母さんいる? 俺まだ食ってなくてさ」
「さっき出かけたよ。冷蔵庫に昨日の夕飯の残りあるって」
「やりぃ!」
 うきうきと台所に向かった長男に重苦しいため息を吐く。きっと自分がこれから何を言っても飄々としているのだろうなぁと思うとなんだか悔しさが抑えられない。昔からこういう感情には慣れっこだが、如何せん苛つくものは苛つくのだ。
「カラ松は?」
 片手に昨日の残りのハンバーグの皿を手にしたおそ松兄さんが、僕の怒りの発端の名前を告げる。お前が一番知っているくせにと軽く舌打ちすると、おそ松兄さんは苦笑して「わりぃな」とそれだけ謝ってきた。
「自覚あるのかよ」
「んー、まあね」
 レンジを使うためにのせたラップをぱりぱりと剥がし、ケチャップで渦巻きをかくようにして湯気が立つハンバーグを彩ってみせるおそ松兄さんは、くっと片頬だけをあげる普段はあまり見せない笑い方をしながら、僕からそっと目を逸らした。
「別に細かく口出しする気はないけどさ、あいつらが今日外出しててよかったなとは言っておく」
「俺はそれも見越してたんですぅ」
「嘘つけ」
 一口サイズに切ったハンバーグを口に入れるおそ松兄さんは嘘じゃねーよともごもご話す。そんなことはあり得ないと思いながらもこの二つ上の兄は弟のことを知り過ぎている節があるので、偽だと断じることは一概にできなかった。そういうところが恐ろしい男だと思う。
「ちょっとハッスルしすぎちゃってさ」
「いや聞きたくないから」
 だってお前にしか話せないしとかぼやいているが、どこの誰が兄二人の夜について知りたいと思うのだ。ただでさえ今朝のカラ松の姿は生々しすぎた。お願いだからあいつもついさっきまで抱かれてましたオーラ出すのはやめてほしい。いや、それを隠せないほどの夜だったということか。
(あ、だめだこれ以上は)
 うかつにも想像してしまいそうになってぶんぶんと首を横に振る。身内のこうした話はどんな時でも居心地が悪いものだ。
「いやさぁ、あいつが」
「だから聞きたくないって」
「子供ほしいっつーからさ」
 ぐる、と視界が少しだけ歪んだ気がして、どろりとした鉛のようなものが胸に流れ込んできた。それを抱えたままおそ松兄さんを見ると、変わらずもぐもぐと昼飯を食しているだけだった。
 「ん?」と、「どうした?」とでも言うように僕に目線をやるけど、本当は聞いてほしいのはお前の方だろう。話がしたいとも相談があるともけして口にしないこの兄は、しかし僕に話の続きを尋ねるようにと催促してみせるのだ。なんとずるくて傲慢染みた男だろう。それでも僕は仕方ないなと譲歩せざるをえなかった。
六つ子の上二人、おそ松兄さんとカラ松が所謂そういう関係であることを知っているのは、この世界中で僕一人だけだった。
「子供?」
「そうそう。だから俺もがんばっちゃってさー」
 でへへと笑う兄が気持ち悪い。わりと本気で。これは長男と次男がセックスしていることへの嫌悪感ではなく、ただひたすらに長男の性事情を耳にすることへの拒否反応だ。無理もない、ただでさえ僕たちは兄弟と言うには距離が近すぎる一卵性の六つ子で、お互いにまったく同じ顔をしているのだから。
「ゴムも途中できれるしまぁそっからはね」
「やめろ! それ以上はマジでやめろ!」
 えーとぶすくれるおそ松兄さんを叩かなかったことだけでも誉めてほしい。いつの間にかおそ松兄さんの前にはハンバーグはひとかけらも残っていなくて、この短時間で食い終わったのかと軽く尊敬の意を込めて皿を見つめていると、お前は食わないのと尋ねられた。
「後で食べるよ。カラ松が起きたら一緒に食べるつもりだったし」
「あら。優しいのねチョロちゃん」
 僕が居なかったらお前が一緒に食べるつもりだっただろうに、どの口が。相変わらず不器用と言うかなんというか、何でも表に出すことを嫌がる兄らしいとは思うが、それが原因で何度かカラ松とこじれたことがあるのを知っている僕はやっぱり深いため息をついてしまうのだった。
「なぁ、夫婦間の不妊って何が原因か知ってる?」
 唐突だった。いつもこの長男の問いかけは唐突だった。そして、そんな時の問いかけが彼の芯を突くようなものであることも知っている。
「……知らないよ」
「なんかさ、大体は夫の方に原因があるらしいよ。子供が出来ないのって」
 上半身を後ろに倒し、天井を見上げながらおそ松兄さんは淡々と話している。その瞳はどこか虚ろで、今までに何度か見たことがある澱が浮かんでいるようなそれに、ぐうっと心臓が握りつぶされるようだった。
 この会話がどこに帰結するかは全く分からないが、どちらにしても僕は右手で拳を握っていた。
「孕ませてやれたらよかったよなぁ」
 こいつが見あげる二階の部屋では、カラ松がじいっと一人で眠っている。
 ガツン、と大きな音が居間に木霊した。
「いって!?」
 おそ松兄さんの悲鳴と共に、僕の右手もじんじんと痛みを訴えて赤くなっている。ふーと軽く息を吹きかけると、おそ松兄さんが頭を押さえながらぎゃんぎゃんと噛みついてきた。
「何だよ急に!?」
「お前が気持ち悪いこと言うからだろ」
 おそ松兄さんは若干涙目で、そりゃあ僕も全力で殴ったので生半可な痛みではなかったと思うが、それだけじゃないんだろうなぁと察してしまう自分が憎くて、誇らしかった。
「まず、お前らは夫婦じゃないだろ」
「そりゃそうだけど……」
「あと、お前のその上から目線が気にいらない」
 そう言ったら、目の前の兄はきゅっと口を結んでみせる。僕の言いたいことを察したのかどうかはわからないが、僕はここで優しい言葉を掛けてあげられるほど鈍くはなかったし、バカでもなかったし、頭がいいわけでもなかった。
「……」
「あいつもお前なんかに孕ませてほしいとか思ってないだろ気持ち悪い」
「気持ち悪いって……」
「そういうことじゃないだろ、あいつが言ってるの」
 長男とは、次男にとっての唯一の兄であるからだろうか。普段はまったく見せないおそ松兄さんの兄の傲慢さみたいなものが、よりによって恋人であるはずのカラ松に対して顕著ににじみ出てしまうのを僕は何度か見ている。本人はまったくの無意識だとは思うし、カラ松がそれを気にしていないというかまずそもそも気づいていないということも知っている。しかし、外野からはそこのボタンの掛け違えみたいなものが二人をよくすれ違う道に進ませてしまっているように見えるのだ。
「お前らが口下手なのも知ってるけどさ」
「……うん」
「それじゃあわかんないままじゃないの?」
 ああ、こんなにぐちぐち二人のことに口出しする気はなかったのに。哀しいことに、僕はおそ松兄さんがらしくない様子でいるのを見るのがとても苦手だったのだ。悪友と言うのがしっくりくる関係だからだろうか、僕はおそ松兄さんが大人びた顔で微かに弱った顔を見せるのが嫌いなのである。
「うん」
 おそ松兄さんがこくりと頷いて、階段の方をちらりと見る。僕もそれにつられてちらりと顔を向ければ、とん、とん、と階段を降りる足音が近づいてきていた。
「あれ、兄貴もいたのか」
起きてきたカラ松はすでにぱっちりと目を開けていて、先ほどまでの濡れた空気はどこへやら、いつもの調子のカラ松へと戻っていた。
「おう」
「何だ、もう食べてしまったのか。待っていてくれればよかったのに」
「お前が起きるのが遅いんだよ」
 けらけらと笑いながら、それでいてぶっきらぼうにも思える言い方をするおそ松兄さんにもう何度目かもわからないため息を吐く。パチンコ屋に行っていたのに何でこんな時間に帰って来たのか言ってみろ。
「カラ松、お昼食べよう」
「待っていてくれたのかブラザー。ありがとう」
 今日は少しだけあのイタイ言動はお休みらしい。だから多分、まだ本調子ではないのだ。カラ松と一緒に台所に向かう途中にちらりと後ろを振り返ると、おそ松兄さんが居心地悪そうな様子で煙草を取り出していた。

***

 最近、おそ松が変だ。変、というか、気持ち悪いとでもいうべきか。
 例えば。
「カラ松、これ」
 おそ松が差し出してきたのは一つの小さな紙袋で、俺はわけのわからないまま「ありがとう」と返すと「それ、前欲しがってただろ」と顔を見せないままおそ松は言い訳をするようにその一言だけ返した。中に入っていたのはサングラスで、確かに俺が一か月ほど前から欲しがっていたものだった。
 例えば。
「ん」
 ふわっと上着をかけられる。おそ松と二人で釣り堀に来ていた日、俺は自分の顔がプリントされたタンクトップを着ていて、しかしまだ春先の冷たい風が吹く季節だったので三十分ほどすると自分でもわかるほどに鳥肌が立っていた。そこでおそ松からもらった上着だった。おそ松にしては今日は随分と厚着だなぁと思っていた。長袖のTシャツの上に着ていた前開きのパーカーが俺の肩にかけられる。洗剤と、煙草と、ほんの少しのおそ松の匂い。とく、と心臓の辺りが音を立てる。鳥肌はおさまって、ただただ暖かかった。
 例えば。
「ほら」
 家の二階で雑誌を読んでいると、おそ松がソファーに座って俺に向かって両腕を広げた。何をしているのかが全く分からなくて、多分、その時の俺の頭の上にははてなマークがぽぽぽ、と浮かんでいたんじゃないだろうか。
「ほら」
 もう一度呼びかけられて、おそ松はくいくいと右手の人差し指を動かした。その時になってようやく合点のいった俺は、それでもおそ松の真意がわからず両腕を広げている兄貴の元へおずおずと近づいた。そして、俺とおそ松の膝が触れ合うほど距離が近づいた時、おそ松がぽんぽん、と自分の膝を叩いてみせた。
「え」
 俺はまさかと思いながら立ち尽くしていると、おそ松はじいっとひたすらにこちらを見上げてくる。その真っ黒な瞳は無垢な子供の様に愛らしく、かつ俺を翻弄させる夜の色を携えていた。
 しぶしぶと、あくまでしぶしぶとその膝に乗りかかる。するとおそ松は、俺の腰に両腕をまわして俺の体を抱きしめてしまった。
「……」
 最近のおそ松は、優しい。
 いや、優しいというよりも、甘い。俺に対しての態度が甘い。
「んー……なんか痩せた?」
「いや、体重は変わっていないが……最近トッティーと一緒にジムに行っているから、少し体がしまったんだろうか」
「へー」
「いやか?」
「うん? ちげーよ。たまんねーなって」
 そう言って明らかな意図をもって腰を撫でられる。その手つきが甘く、俺は思わずおそ松の肩に頭を預けてしまった。たまらないと言われて、上半身を甘く撫でられる。俺の顔は赤くなってしまっていることだろう。おそ松にこんなに面と向かって、自分の体付きについて言及されたことはなかった。
(たまらない、とか)
 耳が赤くなってしまっているのを見抜かれたのか、ぽんぽんと頭を撫でてくる。
 おそ松はこんなにも、俺のことを甘やかしてくれるような男じゃない。普段だって、こんな風にいわゆるイチャイチャと呼ばれる行為をしたことはなかった。あるとしても手を繋ぐぐらい。体を触れ合わせるのは専らセックス中だった。それは俺たちが兄弟だから大っぴらにそういうことが出来ないという理由もあったが、大半はおそ松の性格が理由だった。おそ松は意外にシャイで、いざ恋人同士のようなことをしようとするととてもぶっきらぼうになってしまう。俺としてはくっつきあうのは嫌いじゃなかったから少々残念だったが、でもおそ松に無理させてまでそうしたいと思う欲は無かった。
(でも、なんか……いいな)
 触れ合う箇所からじんわりと暖かくなっていく。むずがゆいような、恥ずかしいような、そんな感覚だった。
「カラ松ー」
「何だ?」
「ポリセクって知ってる?」
 突然投げかけられた言葉に、はた、と俺は我に返ってしまった。
「知ってるが……」
「あ、やっぱり? お前好きそうだもんね」
 ゆったりとしたセックスが好きで、俺はそうした内容のAVも何本か持っている。弟の趣味を熟知しているこの兄は、俺がポリセクを知っているとはなから決めてかかっていたようだった。
「それがどうかしたか?」
「うん。……なあ、それ、やってみねぇ?」
 鼻の先で鎖骨の中心をくすぐられる。それに思わずぴく、と体を震わせてしまったことが悔しかった。
 俺はおそ松からの誘いに首元から赤く染まっていくのを自覚しながら、おずおずとその背中に腕をまわす。
「……お前こそ、いいのか?」
「え?」
「……俺はずっと、してみたいと思っていたから」
 本当だった。AVで、雑誌などでその単語を見るたびに思っていた。ゆっくりと愛し合う恋人たちに自分の姿を重ねて、そして、この兄の手を思い出した。この体を思い出した。がつがつと、欲しいままに抱きつぶすような勢いでするセックスも好きだ。でも、おそ松とどろどろに溶けあうゆったりとしたセックスが出来たらいいなぁと、俺は密かに思っていたのだった。
「あー……、チョロちゃんの言う通りだわ」
「……?」
「うんにゃ、こっちの話」
 おそ松は先ほどよりも強く俺の体を抱きしめてくる。そして俺はおそ松の背中を、時として長男としてのそれを纏う俺の大好きでたまらない背中を抱きしめた。この布を隔てた先に、俺をたまらなくさせる体があった。

 一日目は、ただ抱き合うだけ。
「だってさ」
 ラブホに五日間連続で通う金は、俺とおそ松が短期のバイトで稼いだ給料だった。いまいちちゃんとした順序はわからないまま、とりあえず初日はお互い裸になってその体を触れあわせる。ぴとりと胸板同士をくっつけると、それだけで吐息に色が籠るようだ。
「これで一晩過ごすのか?」
「うん……お兄ちゃんもう結構辛いんですけど」
「はは、俺もだ」
 何と今、おそ松は俺に腕枕をしている。普段は俺の方がおそ松に腕枕をしてやることの方が多い。というか、おそ松がこんなことをするのは初めてだ。事後、おそ松に片腕を広げるようにするとこいつは見えない尻尾を振るようにして嬉しそうに寄ってくるのだ。腰が痛くて体中が満身創痍なのは俺の方なのに、腕枕をすると甘えてくるこの兄が可愛くて、俺はついそれをやってしまうのだ。だから今、俺はとてつもなくくすぐったい。
「腕枕って結構硬いんだな」
「そ。でもさ、安心しねぇ?」
 そうかもしれない。腕に頭を乗せたままもう少しだけおそ松の方に寄る。心臓の音を重ねたかった。
「俺さ、話がしたいんだよ」
「何の?」
「お前とさ、色んなこと」
 ぐいっと頭を抱きかかえられて、足の先まで余すことなく触れ合った。表面からじわじわと官能の波が寄せてくる。熱が灯り始めていた。
「今日見た空だとか、雑誌で見た行きたいところとか、何が欲しいとか」
「昔の学校でのこととか、あそこの食堂がうまいとか、猫を見つけた場所だとか?」
「そうそう。そんな感じ」
 そうか。おそ松は話がしたかったのか。だからこのゆったりとしたセックスがしたいと言ったんだろうな。俺は話すのはあまり上手ではないけれど、おそ松は二人きりの時は俺のゆったりとしたペースで紡ぐ話を笑みを浮かべながら聞いてくれるから、おそ松と会話をするのが好きだった。
「じゃあ、今日遭遇した類い稀な一松ガールズの話を……」
「なに、珍しい猫でもいたの?」
「ああ。家の裏の公園でな、ベンチの下でこっそり寝ていて……」
 するりと時たまおそ松が背中を撫でてくる。愛撫にも満たないその手つきに俺はくすくすと笑いながら話をする。おそ松の顔がこんなに近くにあるところで、こんな風にゆっくり話が出来るのは初めてだった。
「あのな、色がとっても綺麗だったんだ。一松ならきっと種類がわかるんだろうなぁ」
「触ってみたの?」
「毛並がとてもよかった。兄さんも今度連れていこうか? いつもあそこにいるみたいだから」
「ん。案内してよ」
 その日は足の間に微かに灯る熱を感じながら、ただただ抱き合うだけで終わった。
 服を着ると未だその熱が体内に宿っていて、今まで感じたことのない感覚に俺は少々震えてしまった。

二日目は、キスだけ。
「ん、ふぅ、ァ、」
 微かにかさついているおそ松の唇が触れて、一時間ほどはただひたすらに唇の表面を擦り合わせるだけだった。吐息で段々唇同士が湿ってきて、舌を触れあわせているわけでもなかったのに、いつの間にか唇はべっとりと濡れていた。鼻の先で頬に触れて、額と額もくっつけて、バカになったようにキスのみを続ける。
「行きたい、ところがあるんだ」
 その合間に俺はおそ松に話しかけた。おそ松は俺の話を遮らないようなタイミングで唇にキスを落とし、そして頬に、額に、鼻に、首筋に唇をくっつけていく。くすぐったくて、それでも確かに甘い疼きがそこから生まれる。
「どこ?」
「電車で一時間ほどかかるんだけどな、うまいからあげを出してるところがあって」
「お前わざわざそんなところまで行ったの?」
「からあげと聞いたらいつの間にか足を運んでいたんだよ」
 手を絡め合って、そして、ついに舌で唇をつついた。焦り過ぎないように、最初は唇の表面を撫でるだけ。そしてお互いの舌が顔を見せれば、外でざらざらとくっつけて味を確かめるようにする。ふぁ、と口が開くと、ぬるりとおそ松の舌が滑りこんできた。ぐちゅぐちゅと途端に卑猥な音が聞こえるようになる。あろうことかおそ松は両手で俺の耳を塞いでしまって、俺は咥内の唾液の音がダイレクトに脳みそに響くようになった。歯を一本一本撫でられて、上顎を尖らせた舌の先でつつかれる。ぐちゅ、ぬる、ちゅる、と色んな水音が頭の中を犯していて、俺はくらくらとした感覚に溺れながら必死におそ松の背中に手を伸ばした。我慢しているのだろう、おそ松の眉が俺のように吊り上がっていて、はあはあと時折漏れる呼吸が荒い。
 二日目でこれはやばい、とお互いの体を離したのは、キスをして二時間が過ぎた頃合いのことだった。
「は、ァ、」
 ちゅぱ、と音を立てて唇が離れる。不甲斐ないことに、俺のそこはもう半分ほどたちあがっていて、今すぐ触りたくてたまらない。そう思っていることがばれたのか、おそ松に右手を奪われる。ちゅ、ちゅ、と爪の先に唇を落とされることすら今の俺には毒だった。
「ぁ、お、おそ松」
「ん……」
「も、やば、から」
 ぐっと体を力強く引き寄せられて抱きしめられる。俺は今完全にこの兄に甘やかされていた。キスでとろとろにされた体がもっとふぬけたようにくたくたになっていく。自分はおそ松からのキスだけでこんな風になってしまうのかと空恐ろしくもなった。
(さわりたい、さわってほしい)
 背中に爪を立てるようにして両腕をまわし、俺はおそ松ののど仏に軽く噛みついた。
「ちょ、だめだって」
 結構ギリギリなんだからと余裕のない声が頭の上から降ってきて、お前も同じかとカラ松は安堵のため息を吐いた。足に触れるおそ松の緩くたちあがったものに、思わずごくりと喉を鳴らしてしまった。
「んじゃ、デートするか」
「ん……?」
「その店、一緒に行こうぜ」
 ああ、と頷いた声は我ながら弾んでいたように思う。

 三日目は、愛撫の意図を持った触れ合いをした。
「な、これきつくね?」
「同感だぜマイブラザー……」
 は、は、と既に息が荒くなっている。おそ松の右手が俺の胸を何度も往復して、段々と胸の尖りがぷつりと自己主張してくる。おそ松はそこを弄ることはしないまま、ただただ俺の平らな胸を撫でて、時折薄く腹筋のついている腹をもんで臍をくりくりとくすぐってきた。う、と体をよじるとなだめるようにおそ松が耳にキスをする。そのたびにぞわりと腰に何かが這い上がってくるのだから、正直おそ松のその行動は逆効果だ。でも、おそ松の興奮しきっている吐息を耳元で感じるのはたまらなく好きだったから、やめてくれとはどうしても言えない。
「お前はさ、俺と何するのが好きなの?」
 俺の内股を右手でつ、つ、と辿るおそ松が尋ねる。俺はおそ松の腰骨を親指でぐっと押しながら、浮き出た首筋に鼻をこすりつける。
「手つなぐの、すきだ」
 そう言って俺の内股を辿る右手を左手で絡み取れば、おそ松は俺の手のひらの真ん中を人差し指で地図を描くように触る。
「そなの?」
「お前はほっぺとか、どこもかしこもふにふにしてるから。でも、お前の手のひらだけはちょっとかたいだろう?」
「あーそうかも……」
「それがな、好きだぞ」
 すり、と手のひらに頬を寄せればうっと喉を鳴らす音が耳元で聴こえた。俺の左に寝転ぶおそ松の体にはじっとりと汗が浮かんでいて、常ならもう舌を絡めて昂ぶったそこを愛し合っているはずなのに、俺達がする接触は未だ腕や背中や腰に手を這わせるのみだ。
「きず、治っていないんだな」
 おそ松の地味に筋肉のついている右の二の腕に指をそわせる。確かこの傷は高校の時の喧嘩でつけられたものではなかったか。相手がカッターナイフを持ち出して、二人してひやっとしたことを覚えている。あの頃、おそ松は部活に入っている俺をけして喧嘩に参加させようとはしなかった。まあ俺も面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだったので極力関わらないようにしていたのだが、あの日だけは運が悪かった。
「デカパンから薬もらえば多分すぐなおるけどな」
「じゃあ行けばいいじゃないか」
「んー、なんかもったいなくね?」
「何だそれ」
 おそ松は、自分の体につく傷に全くと言っていいほど頓着しない。俺は常にパーフェクトなボディを維持していたい人間なのでこの兄の思考回路はよくわからなかった。
例えば、チョロ松にぽかりと頭を殴られた時、一松の猫に手の甲を引っ掻かれた時、十四松の野球に付き合って膝に擦り傷が出来た時、トド松に頼まれて缶詰を開けようとした時に指の先を切ってしまった時。そこで出来た傷の痕が残ろうと、おそ松はまったく嫌な顔をしない。それどころかたまにほっとした目でその傷を眺めていたこともあった。
 子供というのは生傷が絶えない生き物で、それは俺達六つ子も例外ではなくむしろ飽和するほどの痛々しい傷を何個も何個もこさえていた。それでも大人になるにつれてそんな傷は減っていくもので、おそ松と並んで一番傷の多かったチョロ松だって今や紙で指を切ったらちゃんと消毒をしてから絆創膏を貼るほどの几帳面さを見せる。傷が減っていくことは、大人になることとほぼ同義なんじゃないかというのが俺の持論だ。
 おそ松は子供だった。大人になりきれない、それこそネバーランドの住人のような男だ。ピーターパンの如く無邪気でただただ野山を駆け回っていたような幼い頃に俺達弟を連れ出すのがおそ松だ。 
 だけど、五人の弟の頂点に立っていない時のおそ松は、時折酷く寂しそうな顔を見せるピーターパンでもなんでもない子供だった。いや、子供のような表情をして寂しがる、一人ぼっちが大嫌いな大人だった。
「本当におそ松は寂しがりやな男だな」
「んだよそれ。お前らが構ってくんないからじゃねぇの?」
「俺が構ってやるのに、こうして」
 おそ松の腹筋をなぞってぺろりと甘えるように顎の先を舐めれば、でもそれ弟じゃないしとぼそぼそ文句を言われた。
 何だ、恋人がこうして思う存分甘やかして甘えているのに、それでも足りないとお前は言うのか。俺一人との恋人としての触れ合いも、弟五人とのじゃれあいも余すことなくこの男は欲するのだ。なんて傲慢で、欲張りで、いじらしくてめんどくさい男だろうか。
 でも惚れていた。全部全部欲しがって何も零したくないと駄々をこねるこいつに、全て与えてみせようじゃないかと空を仰ぐぐらいには。
「わがままだなぁ、お前は」
 口にのせた音に嬉しさが滲んでいるのを俺は隠そうとはしなかった。悪かったな、とばつが悪そうにしてぼやくおそ松の耳は真っ赤に染まっている。
 その日はずっとお互いぺたぺたと体を触り合って、限界だと震える性器を必死で無視しながらこの手のひらで相手を堪能した。おそ松の体についている傷を一つ残らず見せてもらって、そこに一つずつキスをした。そしてその数の分だけ、おそ松が俺の唇にキスをした。

四日目はもう、何でこんなことをしているんだとひたすらに辛くてしょうがなかった。
「あ、ぅ、……うぁ」
「……」
「おそ、ま、おそまつ」
「煽んな」
 名前を口にするだけでやめろと口を塞がれる。俺もおそ松も、目の前に愛しい男の熟した体があるというのにむしゃぶりつけないのが苦しかった。は、と吐く一つの吐息でさえ絶頂する寸前の色と切迫感が澱んでいて、指を絡め合うだけでぴりぴりと快感が脳みそから足の先まで走っていく。腰が重い。ずくずくとそこには血が集まるばかりだ。胸を重ねればお互いの汗がじくじくと欲を刺激してきて、俺が胸の尖りを擦るようにおそ松に押し付けると、ふ、と濡れた声で笑われた。
「えっろ……」
「ん、く、ぅ……」
 もぞ、と自分の太ももを合わせて少しでもこのまどろっこしいどくどくとした気持ちよさを紛らわせようとするが、目の前の兄に膝を割られ、それは叶わぬ願いとなった。
「う、ひ、ひらくな」
「んー、ここさ、ひくひくしてんね」
「ひっ!」
 つぷ、と軽く人差し指を入れられる。第一関節まで埋められて、くるくると浅いところで弄られた。ひくひくと腰を思わず腰を浮かせれば、ぐっと腰骨を痛いほど掴まれる。
「すっげーあつい」
「ん、や、ぁ、……ッあ」
「奥つっこんじゃだめか……だめだよなぁ」
 いれてほしい。そんな指一本じゃ足りない。指の先だけじゃ足りない。おそ松のもので突かれることを、中をいっぱいにされることを覚えている体はそんな優しい刺激では全く満足できなかった。縁を引っ掻くようにしておそ松が人差し指を動かして、そのたびに俺はあ、あ、と言葉にならない声をあげるばかりだった。
「カラ松」
 すり、と腹を撫でられる。おそ松がそれを俺の中に埋めた時、先端がちょうど当たる場所だった。体内の血液が全部そこに集まっていくようだ。おそ松の色をした血が、集まってくる。
「ほしいものとか、ある?」
 おそ松の顎から汗が一滴落ちてきた。ぱたりと下唇にそれはやって来て、俺がぺろりと舐めとるとおそ松はぐにゃりと口元を歪めた。塩辛い汗におそ松の味だ、なんて脳が蕩けてしまったようなことを思って、ぱかりと咥内を見せるとそこに尻にうずめられていないほうの指を二本挿入された。
 質問をしたのはおそ松の方なのに、これじゃあ喋れないじゃないか。
 じゅぷじゅぷと指が抜き差しされる。その動きに伴うようにして中に埋められている人差し指も小刻みに動いた。おそ松の目はぎらぎらとしていて、この指が何を象徴しているかなんて、いくらポンコツだと日頃言われている俺でもわかる。歯を立てないように頑張って舌で奉仕しようとすると、二本の指でこすこすと舌の真ん中や裏を擦られてしまった。俺はそれにあまりにもあんまりな快感を覚えてしまって、とっさにおそ松の左腕よ両腕で縋るようにして掴む。でも、力の抜けた俺の腕ではおそ松の指から逃れることは出来なかった。喉の奥に届くかと言うほどに指が突っ込まれて思わず俺は嘔吐きそうになってしまった。う、と俺が涙を滲ませるとおそ松は「ごめん」とでも言うように眦を舌で愛撫して、でろりと唾液が糸を引く指を俺の口からゆっくりと抜いた。
「ふ、ぁ、あ」
「はは、どっろどろだな」
「も、だれの、せいだと」
 とろとろと先走りが尻の穴まで伝っている。どうするんだ、明日まで我慢しないといけないのにこんなに俺を追い詰めて。瞼が落ちてしまいそうになるのを懸命に堪えてじっとおそ松を睨むと、悪かったってと謝りながら俺にどさりと覆いかぶさった。
「ほしいもの、あんの?」
 もう一度その問いが降ってきた。尻から抜かれた右手は俺の腹をすりすりと撫でている。無意識なのか何なのか、俺はそれにすらほうと熱い息を吐いてしまった。
「ほし、い、もの……」
 まだ息が整わない。深呼吸をするようにして大きく息を吸うと、おそ松の匂いで体がいっぱいになってしまった。逆効果かもしれない、これは。
「こども、ほしいな」
 がつんっと煉瓦で頭を殴られたような顔をした。
 おそ松は、ひくりと可哀想なほどに口元を歪める。
「……って言ったら、お前すごい変な考え方をしたからな」
 え、と息だけで返したおそ松に俺は笑うと、その後頭部にぐっと右手を添えて俺の肩にうずめるようにした。
「ばかなお前に、教えてやる」
「……--」
「俺はお前に抱かれたいから抱かれている、それだけだ」
 そう言うと、おそ松が恐る恐る俺の体を抱きしめてきた。
 一度だけ、嫌じゃないのかと尋ねられたことがある。女みたいに抱かれるの、いやじゃねーの、って。
 その言い方はあまりにも女性に失礼だと嗜めたし、何をばかなことを言っているんだと憤慨した。でもあの時の俺はまだそんなに自らに素直にはなれなかったから。今、こうしてあの時の答えをあげたかった。
 俺がお前にすること、許していること、全部全部その根っこは同じだ。そして俺はお前に逐一言葉で伝えているつもりだよ。まわりくどいと言われることもあるけど、でも、うっとうしいほどにお前にあげているだろう?
 俺が子供が欲しいって、あの時にそう言った理由を明日までに考えてきてほしい。
 別に、「普通」の夫婦のような幸せが欲しいわけじゃないんだよ。
 ちゅ、と耳に唇を降らせると、おそ松は黒々としたどんぐりのような目を俺に向けた。

五日目。あつい。
「ひ、あ、も、も……いれてくれ……ッ」
「まだかたいよ」
「おそ、おそまつ」
「んな声だすなよ……」
 待ちに待った五日目だった。風呂に入った時からもうそこは昂ぶり過ぎていて、何度も何度も自分で抜いてしまいそうになった。でもそんなことをしたら今までの四日間の努力が水の泡になってしまうので鋼のような理性で本能を押しとどめる。
 服が擦れることすら拷問だった。眠る時、火照る体を抱きしめながら六人が眠る布団の中でただただじっと耐えた。おそ松の声を耳にするたび、どろどろと脳みそが溶けてしまいそうだった。五日間、そんな日々を過ごしていた。
 この四日間、おそ松とたくさん話をした。そういえば、俺達こんなに知らないことがあるんだなって、兄弟なのに変だなって、くすくす笑ってずっと肌をくっつけていた。その度に、心に降り積もっていくものがある。それを愛と呼べるのならば、こんなに幸せなことはないのだ。
「おそまつ、おそまつ……ッ」
 ぐり、とおそ松の指が俺のイイ所を抉る。俺はそれにイキそうになってしまって、ふーふーと枕を噛んで耐えた。おそ松と一つになってからイキたい。四日間、ずっとずっとおそ松と繋がることを我慢していたのだから、フィニッシュはやっぱり最高の舞台で。
「いれろって、おそまつぅ……っ」
「……っあー!ったく……--」
 おそ松が自らのものを二、三度手で擦り角度を持たせる。先走りで光る性器を見てごくりと喉を鳴らした。はしたないとか、そんなことを思う純情さは持ち合わせていない。欲しい物は欲しい。おそ松のちんこを早く突っ込んでほしいと、それだけだった。
「えっろい顔してまぁ」
「はや、はやく、」
「はいはいっと……」
 余裕そうな顔をしてみせるが、はあはあと吐く息があまりにも獣染みている。つぷ、と先端で縁にキスをされた。くりくりと円を描くようにして焦らされて、俺は思わずおそ松の頭に拳を落としてしまった。
「いたっ!」
「も、も、焦らすなぁ……ッ!」
「ご、ごめんって、あーもう泣くなよなぁ」
 同じ男だったらこれだけ焦らされるのがどれだけ辛いかわかるだろうに。そりゃあ辛すぎて涙の一粒や二粒も零れてしまうに決まっている。
 俺の頭をぽん、と一回だけ撫でたおそ松は、今度こそずぷりとゆっくり俺の中に入って来た。
「ぁ……」
「……ッ、やばーーっ」
 一気に腰を推し進めたいのを我慢しているのだろう、おそ松の額には汗が光るほどに浮かんでいる。俺はと言うと、やっと迎えることが出来た質量に中がうねうねと悦んでいて、きゅうきゅうと締め付けを繰り返していた。そのせいでダイレクトにおそ松のものの形が伝わってきて、先ほど見た硬くそそり立った性器を思い出して腹の奥からぎゅうっと逃げられないほどの快感が全身を満たした。
「あ、あ、」
「……--ッ」
 ず、ず、とゆっくり入って来たものが最奥でびたりと止まる。俺の腰を掴むおそ松の両手が僅かに震えていた。は、は、と俺は息を吐くことに必死で、今までに感じたことのない熱やら気持ちよさで脳みそがばかになってしまいそうだった。
「おそまつ、あ、あ、」
「ちょ、と、きゅうけいな」
 正常位の姿勢から、おそ松がゆっくり体を寝かせてぴとりと二人の全身がくっつきあう体勢になった。心臓の音がとくり、とくりと全身に染みわたる。この腕の中におそ松の心臓がある。そう思ったら体中のどこかが少しでも離れていることに我慢できなくなって、背中をかき抱くように腕をまわした。
「すごい、な、これ……」
「おそまつ」
「うん?」
「おそまつ……」
 名前を呼ぶと、とくんっとおそ松の心臓の音がひときわ大きく胸の中で響いた。それに嬉しくなって「好きだぞ」と言うと、またしてもとくん、とくんと心臓の音が大きくなっていく。
 ふは、と気の抜けた笑い声が俺の口から漏れた。
「心臓、なってるぞ」
「そりゃ、なるだろ……」
「おそまつ」
「なぁにー?」
「理由、わかったか?」
 おそ松は何の反応もしないまま俺の頭を自分の肩に押し付けるだけだった。わからなかったんだろうな、まあそりゃあそうかと俺はくすくす笑いながら目の前の肩をかぷりと噛む。その瞬間、中のものがずくりと大きさを増して俺は腰をよじってしまった。それを許さないとでも言うようにおそ松の片腕が俺の腰を引き寄せた。
「わかんね」
 まるで子供が拗ねているような言い方だった。俺の体の中に埋めているものとその口調のギャップに俺はくらりとしながら、もうすっかり力の入らない手をおそ松の頭に持っていく。
「おそ松」
「……」
「俺に、愛してるって言ってみる気はないか?」
 こつんと額を合わせた。俺と全く同じ瞳がぱちくりと開かれて、その中に映るのは俺一人だけだった。
「え……?」
「言ってみる気はないかと聞いているんだが?」
「……」
「はは、正直者の兄さんだ」
 おそ松の瞳が揺らいだのを見て、俺はその頭を抱きしめた。首筋におそ松は顔を埋めて、「カラ松」と一度だけ俺を呼ぶ。
「子供が欲しいって、そう言ったら、伝えてくれるかなって思ってたんだ」
「……--」
「悪かった、試すようなことをして」
 少しだけくしゃくしゃになってしまった髪を梳くようにして暖かい頭を撫でる。犬みたいだ。いや、おそ松ならレッサーパンダだろうか。
「怖くないんだけどな、別に、言葉にするのも」
「……んなことねぇよ」
「そうなのか?」
「うん」
 おそ松は、好きだとか愛してるだとか、そんな言葉を口にすることを酷く嫌がる。どうしてだろう、俺にはその理由ははっきりとはわからなかったが、怖がっているのかと、漠然とそれだけは感じていた。
「言葉にしなくてもさ、よくない?」
 おそ松はごそりと俺に腕枕をする位置に動いた。素直に頭を乗せればこれ以上ないぐらいの甘ったるい顔で見つめられる。
「その分さ、いっぱいキスしてやるよ」
 お前好きだろ、と問われれば、そりゃあもちろんとこくりと頷く。
(でも、でもな)
 するりと手の甲でおそ松の頬を撫でれば、嬉しそうに擦り寄られた。
「それはとても魅力的だな」
「だろ?」
「でも、折角の恋人なんだから。……--百回のキスも、一度きりの愛してるも、望んだっていいことだろう?」
 ひゅ、と息の音がする。
 おそ松はくしゃりと顔を歪めて、そして一瞬、顔を逸らす。
(ごめんな、おそ松)
 俺もわがままな性分なんだ、昔から。頑固なところも自覚してるし、欲しいものはいつだって欲しい。
「待って、カラ松」
「ああ」
「もうちょっと、もう少しだけ」
「ああ」
「そしたらちゃんと、言うからさ」
 おそ松が泣きそうな声でそう言った。その声だけで、もう溢れるほどのものが伝わってくる。それでも俺は、醜いほどにその言葉を欲しがってしまう。
「好きだぞ、おそ松」
「……」
「愛している」
 中が蠢く気配がした。俺はぴく、と肩を震わせて、じくりじくりと腰から這い上がってくる快感に身を任せる。
「あ、あ、」
 おそ松のものに馴染んだ中が、きゅうきゅうと締めては緩めてを繰り返す。
 独りでに動く体にびくびくと腰がはねるばかりだった。はく、と地上に打ち上げられた魚のような俺に「息しろ」とおそ松が背中を撫でてくる。
「あ、……--ッあ、う、んんっ」
「くっ……う、」
「すき、すきだぞ」
 必死でおそ松の背中にしがみつく。快感の波に呑まれそうになりながらも、ただただ伝えたくて必死におそ松の姿を探す。
「おそま、すき、すきだ」
「カラまつ」
「ひ、んぁ、……--すきだ、すき……ッ」
好きだと言うたびに泣きそうになっていくおそ松に手を伸ばす。涙で滲む視界が少しだけ憎らしい。
 気持ちいい。繋がっている箇所からどんどんおそ松と一つに蕩けていくような。砂糖を煮詰めたような快感だった。甘ったるくて甘ったるくて、指先までばかになっていく。
「カラ松」
「あ、んあッ!」
 少しだけおそ松が動く。その感触にすら達してしまいそうなほどのものを覚えて悲鳴に近い声をあげてしまった。
「ん、ん、ぁ」
「カラ松、カラまつ」
 おそ松がぶるりと震える。中でじんわりと熱いものが広がった。俺はそれにつられてびくんっと大きく体を震わせて達した。昂ぶっているものからは何も出ていない。
「はぁ……っ、あ、あ、」
 止まらない。達した瞬間から俺は戻って来れなかった。
 ぐねぐねと蠢く中がおそ松のものを再び奥まで咥えこもうと動き始める。段々と中で硬くなっていくものに俺は口の端から唾液が零れた。
「おそまつ、おそまつぅ……ッ」
「ん、ん、ここ、ここだ」
「あ、くぅ……ーーっ、好きだ、すきだ……!」
 好きだ、愛してる。言葉にすればするほど気持ちよくなっていく。ポリネシアンセックスは心を満たすためのセックスらしい。おそ松は、満たされてくれているだろうか。俺が好きだと何度も言えば、満たされてくれるだろうか。
 どうか寂しがりやなこの男が、俺と抱き合っている時は微塵もそんなことを感じないように。
 おそ松が、俺の唇にキスをした。

未だ朝もやが街を揺蕩っているような時間、冷えたハンドルを握りながら恐る恐る右折のタイミングを図る。慣れない手つきで曲がれば、約百メートルほど先にその姿が見えた。キィッと音を立ててその影の前に停車すると、「雑じゃね?」と軽く笑われた。
「呼びつけておいて何を……」
「ごめんごめん。あんがとなチョロ松!」
 おそ松兄さんが、カラ松を背負いながら立っていた。
 朝の五時ごろにトイレに起きた僕はジリリリと黒電話が鳴るのを耳にした。そこで出てみれば聞こえてきたのはおそ松兄さんの掠れた声である。
「ちょっとさ、迎えに来てくんね?」
 告げられた場所はラブホで、ふざけんなと怒鳴りたくもなったが早朝も早朝だったので大きな声を出す気力も失せてしまった。一年振りぐらいにハンドルを握りながらやってくると、電話の時以上に声の掠れた長男と、すうすうと息を立てて長男の背中で眠る次男が居た。
「父さんたちは?」
「まだ寝てるよ。……ってあれ、おそ松兄さんが運転してくの?」
「やっぱりお前の運転怖いわ」
 カラ松を後ろの席に寝かせたおそ松兄さんは運転席のドアを開けて慣れた様子で座る。僕は戸惑いながらも助手席に腰を下ろし、シートベルトをつけながら後ろで眠るカラ松を見た。思ったよりも健やかな顔で寝ている。
「タクシー捕まえようと思ったんだけどさー、金なかったわ」
「クズかよ」
「しかたねぇだろ。俺達しがないニートだし」
 僕から鍵を受け取ったおそ松兄さんがエンジンをつける。そして椅子を少しだけ調整してからアクセルに足を乗せた。家族で出かける時、ハンドルを握ることが多いのは父さんに続いておそ松兄さんとカラ松だ。僕たち弟四人はペーパードライバーもいいとこで、何をするにしても運転は基本上二人に任せていた。そして、おそ松兄さんが運転している時、助手席に乗ることが多いのは圧倒的にカラ松だ。だから僕はここから見るおそ松兄さんが少しだけ新鮮で、意外に真面目に運転するんだなと感心していた。
「ん、何よチョロちゃん」
「いや、カラ松から見るおそ松兄さんはこんな感じなんだって」
「えー、かっこいい? かっこいい俺?」
「この間カラ松が助手席乗ってたら兄さんの髭の剃り残し見つけたって言ってたよ」
「え、何それ……」
 普通だったら、こんな席からじゃそんな髭の剃り残しなんか見つけられない。カラ松がどんな風に、どれだけこの兄のことを見ているのかが窺い知れてたまらなくくすぐったくなってしまった。カラ松ののろけはわかりにくいからこそ、後で理解した時の破壊力が物凄いのだ。
「あいつらも寝てる?」
「ぐっすりだよ」
 だろうなーとおそ松兄さんがけたけた笑う。早朝だからか道路を走る車はまばらで、霧は先ほどよりも晴れてきていた。それでも、信号の色が見えにくいことには変わりない。
 信号が、赤に変わった。
「言わないの?」
 キッと軽い音を立てて車が緩やかに止まる。こうした停車時に運転センスと言うか、上手さが問われるんだろうなとふとそんなことを思った。おそ松兄さんは、やっぱり運転が上手い。
「誰に」
「わかってるだろ」
「……--うん」
 家では一松が、十四松が、トド松が、兄三人がいない布団でバラバラのスペースを空けて眠っている。電話が鳴った時、出たのが僕じゃなかったらこの兄は果たしてどうするつもりだったのだろう。
「何で? ……--正直、僕が受け入れられたんだから、あいつらならもっと簡単だと思うんだけど」
「ふはっ、何だよそれ。……でも、言えねぇなぁ」
 隣の兄は座席に深く座り、頭をこつんと後ろに倒す。いつもよりは控えめの寝癖がついている髪は、今朝カラ松が整えてくれたのだろうか。
「いや、俺が言いたくないだけか」
 信号がぱっと緑に似た青に変わる。アクセルを踏んだおそ松兄さんはいつもよりゆっくりめのスピードで車を走らせていた。
「昔さ、俺とお前が突っ走ってた時、あいつらを引っ張ってたのカラ松だろ?」
「そうだね」
「だからなんか……」
 怖いし、と呟く声が聴こえた気がした。
「言葉にすると、もう戻れない気がしてさ。まあ、戻る気もさらさらねぇんだけど……でも、もしあいつらに嫌だって言われたらーーカラ松はどうすんのかなって」
 一松達が一番最初に誰を兄だと認識したかって、それは多分カラ松だ。僕とおそ松兄さんはよく二人だけで駆けまわって厄介ごとを連れ込んでいたから、上三人に比べてどこかおっとりとしていた下三人を引っ張っていたのは、カラ松だった。今でこそ一番雑な扱いを弟たちから受ける次男だが、それが何よりの次男への甘えの象徴で。
「お前たちから兄ちゃん奪っちゃいましたって? 言いたくねーなぁ……」
「じゃあ、何で俺には話したんだ」
 ぴく、とハンドルを握っている手が動いた。
 ずっと聞きたかったことをついに口に出してしまって、己の背中にも思わずつうと汗が伝ってしまった。
「お前らなら、ずっと隠し続けることだって出来ただろ? 俺に言うメリットも別にない。なのに何で話したんだ?」
 完璧だった。この二人は自分達の関係を隠すことにおいて、あまりにも完璧すぎた。付き合い始めたのは高校生の時分だったと聞く。それなのに、僕は二年前に二人からカミングアウトされてから初めてそうなのだと気が付いた。
 言わなければよかったのに。わざわざ兄弟にばらしてしまって。しかもその相手が僕ときた。何も、自ら否定される可能性があるかもしれない道を選ぶなんて、そんな……--。
「だって、寂しいじゃん」
 ぽかりと穴に落としたような声だった。
 寂しい?、と僕は返す。
「世界に二人ぼっちなんてさ、寂しいじゃん」
 笑っていた。おそ松兄さんは笑っていた。
「本当は世界中にだって言いふらしたいんだぜ? 俺達恋人なんだ、羨ましいだろ、やらねーぞって、言いふらしたい」
 ラジオがリクエストされた曲を流し始め、確かこの曲は昔六人で金を出し合いながら買ったCDのものではなかったかと思い出した。あのCDはどこにいってしまったのだろう。六人全員で欲しがったあれは。
「巻き込んじまってごめんな」
 こつ、と助手席の窓に頭をつける。ガラスが冷たくていっそひりひりと額が痛かった。目が熱くなってきた気がしてガラスに頬をくっつけた。
「俺がそんな言葉、聞きたいとでも?」
 あの頃確かに僕の隣で、それでも一歩先を歩いて六人の指標になっていた男が笑む。
「ありがとな、チョロ松」
 熱い。瞼が熱くて堪らない。頬にその熱いものが流れてくる。不可抗力だ、そう思っても僕は止められなかった。
(くっそ、泣かせてきやがって)
 土下座をして、ひたすらに謝ってきた二人が今でも脳裏に焼き付いている。
 何で僕に言うんだと思った。そんなことを言われなければ、僕は死ぬまで二人の関係に気づかなかっただろうに、何で言ってしまったのだと。
 恨んだ。僕はそれから自らに酷く重い枷がかけられた気がした。すぐ上の二人の兄が、近親相姦の関係である。吐いたこともあった。どうしようもなくなって二人にあまりにもあんまりな言葉を投げつけたりした。
 でも、この兄たちは泣かなかった。それどころか、チョロ松チョロ松と、嬉しそうに寄ってくるのだ。どうして、どうしてそんな風に笑えるんだ。お前たちは今、弟にこんなに軽蔑されて、蔑まれて、拒絶されているというのに。
 ある朝に、二人の姿を見た。カーテンの隙間から微かに零れる朝日がまるで二人の道しるべの様だった。カラ松がおそ松兄さんの肩に頭を預けていて。おそ松兄さんはカラ松の左手に右手をそっと重ねていた。それだけだった。それだけだったのだ。それが、二人の全てだった。
 僕はその朝、居間の入り口でぼろぼろと泣いてしまって。僕に気が付いた二人がぎょっとした様子でどうしたんだと慌てていた。気持ち悪くて、よくわからない罪悪感を抱かせる二人が憎くて、兄弟なのに、兄なのに、性の匂いを漂わせる二人をずっと拒絶していた。でも、あの日の朝に見た二人の背中があんまりにも寂しかった。チョロ松と僕を呼ぶ二人の声はいつもあんなに弾んでいるのに、二人きりで寄り添う姿はどうしようもなく世界で二人ぼっちだった。
 六人で生きてきた。六人で一つだと、何の疑いもなく生きてきた。それなのに、どうしてこの兄たちはこんなにも寂しそうなのだろう。おちゃらけて、ばかで、クズで、いつも厭きられている上二人がひっそりと、大事に大事に育てているものに触れた僕は、ただただ涙を流すことしか出来なかった。
(この二人は、何度泣いてきたんだろう)
例えば、六人で並んで歩くとき、自分達からはけして隣同士に並ばないこと。例えば、弟たちの前では計算しつくされたかのような体の距離感。例えば、他の誰かを呼ぶ時と全く変わらない温度で名前を呼ぶ声。例えば、おそ松兄さんが前で歩いている時は、僕らの一番後ろにカラ松が居ること。
 六つ子の兄であることをけして捨てない二人だった。六つ子であることを絶対に忘れない二人だった。もしその枠から外れてしまうのなら、恋人という関係をこの二人は簡単に捨ててしまうのだと僕は知っている。
(早く、早く幸せになっちまえ)
 僕の視界で世界が潤む。
 信号がぱっぱっと色を変えて、そのたびにおそ松兄さんはアクセルを踏み、ブレーキをかけていた。
 おそ松兄さんは運転が上手い。そしてそれは、カラ松も。

「あ、チョロ松もいたのか」
 二階で雑誌を読んでいると、カラ松が部屋に入って来た。その手には一枚の毛布が握られていて、それはきっとソファーですぴすぴ寝息を立てている長男の元へと旅立つのだろうなとぼんやり思った。カラ松がその体の上にふわりと優しく毛布をのせる。暖かくなったのか、おそ松兄さんはもぞりと動いて再び静かに寝息を立て始めた。それを見てカラ松はふっと柔らかく微笑む。そして、肘掛けに腰を下ろすとおそ松兄さんの額にかかった髪を右手で優しく退けていた。
(こいつの方が遠慮ないよなぁ……)
 ここに僕がいるんだけどと言おうとしたが、それがどんなに無意味なことか知っている。おそ松兄さんを見るその目で僕を映されても困るので、大人しく雑誌に顔を戻した。
「チョロ松、ありがとな」
「何が?」
「お前が何か言ってくれたんだろう?」
 ちらりとカラ松を見ると、にこにこと嬉しそうに笑っていた。そんな風に微笑まれるのがくすぐったくて「別に」と返すと、カラ松は再び視線をおそ松兄さんに向けた。
「なあ、不器用なやつだな、こいつは」
「今更だろ」
 ぷっとカラ松が噴き出して、僕もつられて笑ってしまった。おそ松兄さんは僕たち二人の笑い声がうるさかったのかううんと唸ってごそごそ毛布の中で動いている。
「トド松たちがさ、まだなのかよって怒ってるよ」
「すまないな。もう少しだけ待っててくれないか」
「僕がとばっちり喰らうんだからなそれ」
「悪いないつも」
 おそ松兄さんとカラ松兄さんはいつ僕たちに話すんだ。一松も、十四松も、トド松も、もうかれこれ一年ほどずっとずっと待っている。僕は下三人からよく怒涛の攻撃を受けていて、そのたびにまだなのかとカラ松に問い詰めるのだ。
「早くそいつのケツ蹴っ飛ばしてやりなよ」
「俺におそ松を大事にしろって言ったのはお前だろう?」
「さあ、忘れたよそんなの」
 この家には嘘つきばかりだとカラ松が笑うから、僕は照れくさくなってしまって顔を雑誌で隠してしまった。
「チョロ松」
「なに?」
「俺たちは兄としてはこいつに一生敵わないが、一人の人間としてはこいつより一枚も二枚も上手だと思わないか?」
 僅かに開いていた窓から風がさあっと吹き込んだ。ぱたぱたとカーテンがはためいて、その音とおそ松兄さんの寝息が心地よく耳に響いてくる。
「不器用だからね、そいつ」
「ああ。……チョロ松」
「ん?」
「俺はお前に拒絶されることが一番恐ろしかったから、もう怖いものは何もないんだ」
 胸倉を掴まれて、一生大事にしろと、絶対にその手を離すなと泣きながら言われた時、あんなにも心強いと思ったことは無かった。
 そうストレートに言われてしまって、またしても僕はかっかと顔を火照らせてしまった。こいつは言葉がまっすぐすぎるきらいがあるから、少しだけひねくれ者の僕はそれを受け止めるのによく苦労してしまうのだ。
「俺がこいつの背中を押した時、お前は協力してくれるか?」
「その時は僕が一松たちを引っ張っていくよ。そんな時ぐらい、お前がおそ松兄さんの隣にいろ」
「……--ああ」
 六つ子でいるために。六つ子の中で恋人として生きていくために。カラ松が高校の時からずっと考えていたことがあった。それを初めて聞かされた一年前、もしその時が来たら僕には何が出来るんだろうと考えていた。きっと、弟たちを彼ら二人の元へ引っ張っていくことぐらいは出来るんじゃないだろうか。
 俺達は恋人なんだと、二人が下の弟三人に話す時は、僕がその傍に居る。そしてもし母さんと父さんに話す時が来たら、僕ら弟四人が背中を押してやろうではないか。
 弟なめんな。ずっとおそ松の隣で悪童を務めていた俺をなめんな。二人ぼっちだなんて言わせない。僕たちは、生まれた時から六人だ。
「まずはこいつに、愛してるって言ってもらわなきゃなぁ」
 またのろけかよと呆れれば、だってお前にしか言えないからとカラ松は軽快に笑ってみせた。
 ただいまーと三人の声がして、玄関の開く音がする。
 おそ松兄さんは相変わらずすやすやと眠っていて、カラ松が優しくその頭を撫でていた。