108の夜に花束を

「ありがとうございましたー!」
 店の中の大輪の花々と同じ色をした声が背中に届いた。カラ松は手に持つ一輪を肩にのせ、ひゅるっとワンフレーズの口笛を吹く。上を見上げると絵の具で塗りつぶしたような青空が広がっていて、北窓開く季節の今、たった一輪の花の香りがカラ松の鼻孔をくすぐった。通り過ぎる人々がちらちらとこちらを見て、時に微笑ましく、時に怪訝そうに、時に羨ましそうに表情を変えていく。それでもカラ松はその視線に一度も立ち止まることはなく、そわそわとする心持ちとは対照的に、気取った足取りで歩を進めていた。
 今日は、そうだな、特別な日だ。いつもより数千円多くこの財布から出したぐらいには。
 ラッピングしてもらった赤いリボンが、春風に揺れてくすりと笑う。

「お前、ほんとあきないねぇ」
 渡したら、やっぱりそう言われた。
 カラ松はもうそれに慣れっこなのでふふんと口角を上げながら、「ビューティフルだろう? お前のために用意したんだ、マイハニー」とその心臓を撃ち抜いてみせた。
「いたた、いたい、肋折れる」
「え……」
 いつの日からか、こういうことを言うと何故だか「いたい」と言われることが増えた。相手を傷つけることは本意ではないのでしゅん、とそのたびにしょげることもあるのだが、でも。
「あー、違う、面白いからいいよ、カラ松」
 その声にいつも、顔を上げてしまうのだ。
「おそ松」
 いつか「変わらなくていいよ」と言われた時のことを思い出す。あの日と同じ、声だった。カラ松の大好きな、兄の声だった。
「なにー?」
 わかってるくせに、と微かに拗ねた表情をしてみせると、ごめんごめんと抱き寄せられた。おそ松の手に渡ったそれは、部屋のテーブルに優しく置かれる。
「どしたの、甘えたい気分?」
「それはお前のほうだろう?」
「はは、んだそれ。ま、兄ちゃんはいつでも甘えたい盛りですけどー」
 すりすりと首元に鼻を押し付けられて、ぴくんと腰が震えた。その反応をおそ松は逃がさない。
「今日は宿泊だから、ゆっくりできるよ」
 なんて甘くて、こちらを絡めとってしまう言葉だろうか。カラ松は背中に腕をまわしながら思う。
 やっぱり、この時間がいっとう好きだ。

 朝日を迎えるのは好きじゃない。明けない夜はないだなんて、どこの誰か生み出した言葉だろうか。
「もう出るけど。お前、後から来る?」
「ん……そうする」
「んじゃ、金半分置いとくから払っといて」
 テーブルには宿泊料金の半分が置かれていて、カラ松はそれをちらりと見ながら部屋をきょろりと見渡す。
 机の上に、それは当たり前のように残っていない。
「……」
 のそりとベッドから起き上がり、ぺたぺたと床を裸足で歩く。
 向かった場所はバスルームでも玄関でもなく、テーブルの真横にひっそりと置いてある、ごみ箱。
「……今日もグッバイだ。ありがとうな」
 使用済みのコンドームと、くしゃくしゃになったティッシュと。
 リボンがほどかれてもいない、一輪のバラの花。
「って、あいつ、五百円足りないぞ」
 着替えながら小言を言う。部屋を出る時にもう一度、そのゴミ箱に目をやった。
「……」
 結局、なんの一言も残さず扉を閉めた。ぱたん、と音がした後、カラ松は瞬間に顔の温度を変えた。
 捨てたバラの花の数は、今日で百八本になった。

 その習慣は、実の兄と体を重ねた初夜の日から続いていた。
「お前何それ」
「フッ……せっかく俺たちが初めて愛し合う夜なんだ、バラの花に包まれながら迎えるのも、スイートだと思わないか?」
 なけなしの金で買った一輪の花だった。そのころはまだ赤のリボンでかざりつけてもらうという発想は無く、ただ無造作に、ビニールで包まれたそれだ。おそ松は案の定いたいいたいと笑い、そして、腹を抱えながら言う。
「包まれるって、一本しかねーじゃん」
「そ、それは、……三本買いたかったんだが、金がなくて」
「あははっ! もうお前そういうとこほんっと外さないよね! そういう、そういうとこがさぁ」
 言葉尻がどんどん消えていって、おそ松はどんどん下を向いてしまった。ふとそれが不安になって、「おそ松?」と名前を呼ぶ。
「好きじゃんね、おれ」
 ぽろりと溢れた涙と共に告げられた言葉を、カラ松はおそ松の体ごと抱きしめた。
「おそ松」
「なんだよ」
「おそ松」
「だから何って」
「おそ松」
「……そういうとこ、ずるいよなぁ、お前」
 服はまだ一つも脱いでいなかったから、肩口がじわじわとおそ松の涙を吸い込んでいた。しゃくりあげる勢いのおそ松の背中をぽんぽんと叩く。子供扱いかよ、とおそ松が拗ねるような口ぶりをしたら、お前はかわいいなと返した。
「好きだよ」
 己の愛の伝え方は、間違っていないのだと思った。
 自分は鈍くて、頭もあまりいいほうではない。どちらかというとまっすぐな性分をしているし、駆け引き染みたことは参謀を自称しているがそれほど得意ではない。
 バラの花が、憧れだった。あの赤が、蕾から雫をふりまいて花となる瞬間を思い描いて、それがあいつに似合うと思った。横並びだった自分たちが縦となることを覚えて、その日、赤を纏った自分のたった一人の兄。
 その男が自らの愛する人と成った瞬間、同じ赤を宿すその花が大好きになった。
「……俺も」
 バラの花を一輪渡したら、泣いてしまう兄が可愛くて。その花を抱きしめて「俺も」と涙交じりに笑うこの男が愛しかった。
 初めての夜はただひたすらに痛いばかりだったけど、ベッドの枕元に置いた花が頬にふれるたび、体がほどけていくようだった。赤が、じわじわと自らを溶かしていくのだ。
 次の日の朝、ホテルの部屋でそれを捨てた。
 家に持ち帰るわけにはいかなかった。少しでも痕跡を残してはならない。それが自分たち二人に課した約束事だった。ごみ箱には確か、カラ松が捨てた。たった数十センチの箱が底のない湖のようで、とぷん、と音を立てたような気がした。
 それ以来、カラ松はこうしてホテルでおそ松と体を重ねるたびに、彼にバラの花を一輪渡した。そのたびにおそ松は「いたい」と笑って、嬉しそうに抱きしめる。そして次の日の朝、それはホテルのゴミ箱へと消えるのだ。
 それを何年も、何年も重ねて。確か今年で五年になった。
 カラ松はいつも今日が何本目だ、と数えていた。その花の数はそのまま、おそ松と体を重ねた回数になる。物にすがることも、想い出を残すことも、相手がつけた痕に浸ることもできない。そんな中で、自らが渡す愛の証の一輪の花束が、真っ暗な夜の中で確かに輝いている。
 

「ふわぁ……あ、カラ松一人?」
「ん? おはよう兄貴。俺が起きた時には誰も居なくてな」
「おはよう。んーそっか。昼どうする?」
「カップ麺が確かそこに……」
 昨日はおそ松と時間をずらして帰った後、なぜか家族全員がそろっていて一日中色んな店をまわったのだった。本当の所を言うと腰が痛くて寝ていたかったが、久しぶりに家族全員ででかけるのに自分だけ家で寝ているのは、と思い車に乗った。さすがにいつものように運転することは難しかったので、父とおそ松に役割を任せたのだが。
 下三人は、目に見えてはしゃいでいた。十四松とトド松はあれでいて結構自立心が強いから意外かもしれないが、家族全員がそろうといつもは成りをひそめている末っ子らしさを発揮した。成人男性を捕まえて末っ子らしさも何もないと言われるかもしれないが、たとえ微々たるものでも、家族にはそれがわかるのだ。一松は言わずもがな、いつもより口数が多く、いつもは呼び捨てのチョロ松のことを「チョロ松兄さん」と呼んでいたから、思わずカラ松は笑ってしまった。もちろんその後殴られた。
 おそ松兄さん、と、弟たちはこぞって呼んでいた。そのたびに返事をするおそ松は笑いながら父と母の荷物をさりげなく持つ。ああ、兄貴してるなぁと、カラ松は心の中で微笑んだ。家族の中にいるおそ松がやっぱり一番楽しそうで、嬉しそうで、大好きだった。
 昨日自分が百八本目のバラの花を渡しても、それは変わらなかった。カラ松が何本一輪のみの花束をおそ松に贈っても、松野家はいつまでも松野家で、おそ松はそこで長男をしていたし、カラ松は次男をしていた。何本のバラの花があそこに捨てられようと、変わるものは何もなかった。
 そう、何もなかった。だって、あの花はいつも、一夜限りで愛の証の役目を終えるのだから。
「湯わいたぞー」
 おそ松がぼりぼりと頭をかきながら居間に戻って来た。カラ松は「ああ」と返事をしながら台所に向かう。
「おそ松?」
「ん、顔洗ってくんわ。先食べてていいよ」
「そうか?」
 いつもなら食べること優先で身の支度は二の次なのに。
 珍しいなと思いながらカップ麺を捜索しにかかると、ちょうどそのタイミングでピンポーンと来客の訪れを告げるインターホンが鳴った。
「ん?」
 何だ、と思いながら、おそ松は既に洗面所に向かってしまったのでカラ松が玄関へと足を運ぶ。
 がらりと開けると同時に、「宅急便です!」と威勢のいい男の声が聞こえた。
「宅急便?」
「あ、宅急便って言うか、荷物のお届けと言うか」
 それは同じなんじゃないかと思いながら目の前の男を見ると、違和感に気づいた。
「あれ、その制服」
「あ、そうなんです。僕そこの花屋でアルバイトしてて、お届けする家が近いから直接届けて来いって店長さんに言われちゃって」
 彼が着ていた制服は、いつもカラ松がバラの花を買う花屋のものだった。アルバイトだと彼は言ったので、知らない顔なのも当然だ。
 そして、俺は何も頼んでないぞ、と首を傾げながら言うと、そのアルバイトの青年も一緒に首を傾げた。
「あれ? でもここ、松野さんのお宅ですよね?」
「あ、はい、そうです」
「んー、じゃあお間違いないですね。こちらをお届けに参りました!」
 小さな軽トラで来ていたのか、彼は一度踵を返して、すぐにこちらに戻ってくる。
 大輪のバラの花束を、その手に抱えながら。
「……え?」
 彼がずいっと渡してきたので、思わず反射でそれを受け取る。花びらが鼻をくすぐり、甘く瑞々しい香りが広がった。
いつもは一輪のみで嗅ぐ仄かなそれが、一気に押し寄せてくらくらした。
「こ、これは……」
「すごいですよね! うちの店も気合い入れて作っちゃって!」
 両親の結婚記念日か何かかと考えたが、特に思い浮かぶものもない。
 じゃあ何だと考えてると、青年が紙をごそごそとポケットから取り出した。
「えーっと、これは松野カラ松様宛ですね」
「えっ?」
 俺に? と素っ頓狂な声を上げてしまった。青年は「あなたが! すごいプレゼントですね。羨ましいです!」とにこにこ微笑んでいた。
「いや、俺はこんなものを受け取れるようなことは、」
「これは、んーと」
 青年がもう一度紙を見つめる。読みにくいからか一度目を細めて、そして。
「松野カラ松様へ。松野おそ松様からです」
 大輪のバラの花束を抱えるカラ松に向けて、そう言ったのだった。
「……--え?」
「あれ、お二人とも苗字同じなんですね。名前も似てるし」
「あ、あの」
「じゃあ、僕次の配達もあるので、これで失礼します!」
 代金は頂いてるんでー! と彼は軽トラに勢いよく飛び乗り、松野家を去ってしまった。
 残されたカラ松は玄関先でぽかんとしながら、数分の間立ち尽くしていた。ここ三日間梅雨晴れが続いていて、空は今も真っ青な顔を見せている。
 カタ、と家の中で僅かな物音を聞き、その瞬間にカラ松ははっと我に返った。ばっと踵を返し、その勢いのまま居間へと走る。
「おそ松っ! これはどういう……」
 問い詰めようとしたのに、その言葉は途中で途切れた。
「お、ちょうどいい時に」
 おそ松は背中を向けていた。先ほど洗面所で整えたのか、髪は寝癖がなくさっぱりとしている。そしてそれだけではなく、おそ松が振り返った瞬間に、彼がオールバックにしていたことを知った。
「……」
 花束を抱えながら、ふすまに寄り掛かったカラ松は膝から力が抜けそうになる。
 おそ松は、今まで身に着けているところを見たことがない、黒のスーツを着ていた。
「おそ松……?」
兄はネクタイをつけていたところだったらしく、カラ松が名前を呼ぶと、最後の仕上げと言わんばかりにきゅっとしめた。
「ん? あ、かっこよくて見惚れちゃった? いやぁ兄ちゃん照れちゃう!」
 なははと笑うおそ松にそういうことじゃない! と声を荒げそうになったが、はくはくと口を動かすことしかできなかった。
 未だ放心状態のカラ松を見て、おそ松の笑い方が変わった。仕方ねえなぁとでも言うように、左手を腰に当てて髪型が崩れない程度に後頭部をがしがしとかいた。
「それ、数えてみてよ」
 それ、と指されたものが今手にしているものだと数秒遅れて悟ったカラ松は、顔を埋めるようにしてバラの花束に慌てて数え始める。
 一本、二本、三本、四本、五本、六本……それは今のカラ松にとって途方もない数のように思われた。数えるうちに何で俺がこんなこと、と理不尽な気持ちにもなったが、百、のあたりで、ふいにぴたりと数える指が止まった。
「百……」
 カラ松はそこで止まってしまった。
 おそ松はそんなカラ松の手を引くようにして「百一」と続ける。
「百二……」
「百三」
「百よん」
「百五」
「ひゃくろく」
「百七」
 一本、数えて。それで全部だった。
 カラ松はしばしぼおっとした後、慌てたようにおそ松の方を見る。
「百八」
 おそ松が、まるで今にもカラ松を抱きしめに来るかのような顔をして、そう言った。
「あ……」
 何か、何かを、自分は言わなければならないのに。
 みるみるうちに視界が濁ってしまって、おそ松が居る場所を探すことに精一杯になってしまった。
「なあ、やっぱりさ」
 声が近くなってくる。姿がぼやけて距離感もわからない。手を伸ばしたいのに両腕で抱えてしまっているから、それでもできなくて。
「お前、バラ似合うよ」
 気づけば抱えた花びらにひとつ、ぽたりと雫が落ちていた。
「……っう」
 ひとつが零れてしまえば、あとはもう決壊するのみである。ぼろぼろと涙を流すカラ松に、おそ松があーあと呆れたような、嬉しくて堪らないような声を出す。
「泣くなって―」
「う、うう、うるさい」
「えー、冷たくない?」
「お、お前のせいだろ」
 しゃくりあげながらそう言ったら、なぜかがしがしと頭を撫でられた。その手があたたかくて、そしてやっぱり、たった一人の兄の手で、カラ松はますます泣きじゃくってしまうのだった。
「だ、だいたい、なんだそのかっこう」
「ああ、コレ? 流石にあんたたちの息子をくれ! って頼み込む時は正装しといた方がいいかなと思って」
 その言葉に、ぽかんと口を開けてしまった。脳裏に浮かんだのは、父と母と、弟たちの姿だった。
「お前さ、そん時も多分泣くだろ? 涙腺ばかみてーに弱いし。だから」
 ぽすん、と、花束を顔に押し付けられて、ぶふっとカラ松は呻いた。
「それで隠しとけよ。泣いてるとこ、あいつらに見られたくねーんだろ?」
 どうしろというんだ、と、カラ松はこみ上げてくるものをもうどうすることもできなかった。
「う、」
「あ。もー、お前はほんっとよく泣くなぁ」
 よしよし兄ちゃんですよーと頭を撫でられて、そういうことじゃないと反論したかったけど、口から出てくるのは意味のないしゃくりあげる声のみだ。
「お、おそまつ」
「んー?」
「おれ、おれ、ずっと」
「うん」
「ずっと、さびしくて」
「うん」
「なんで、なんで捨てなきゃいけないんだ、って、思って。だって、お前のことが好きなだけなのに、なんで」
「うん」
「せっかくおまえ、よろこんでくれるのに、朝には捨てなきゃなんなくて、ずっと、ずっと」
「寂しかった?」
 こくりと頷く。すると更に乱暴に髪をかきまぜられて、露わになった額にキスをされた。気障だ、なんて思ったけど、普段は絶対こんなことはしてくれないので嬉しい気持ちの方が何倍も勝ってしまった。
「でももう、捨てなくていいよ」
 おそ松がそう言って、顔を上げると、鼻の下を擦りながら満面の笑みを浮かべる人がいた。
「枯れるまでさ、いっそ枯れても、お前がずっと持っててよ」
 真っ暗な夜の中で輝いていた一輪の花。その周りがぶわっと光を持ち始める。
「捨てなくてもいいのか?」
 頬を伝う涙は枯れず、未だほろほろと流れるばかりで花びらを濡らしていく。
「もう、捨てなくてもいいのか?」
 答えを求めれば、おそ松の手が伸びてきた。ぐいっと親指で乱暴に目元を擦られる。
「捨てないでよ。俺の精一杯の頑張りだぜ? これでも俺、すげぇ照れてんの」
 ここに来て初めて照れくさそうな表情を見せたおそ松に、たまらなくなってしまった。
 気づけば片手でおそ松の後頭部を掴み、勢いよくキスをしていた。おそ松は驚いたように目を丸くさせて、次の瞬間にやあと口元を歪めた。
「なに、すげぇ情熱的じゃん」
「俺はいつでも情熱的な男だ」
「ふはっ。それもそうだ」
 おそ松がするりとカラ松の頬を撫でる。いつもと同じ、少しかさついている指だ。
「ねえ、返事は?」
 その声はなんだか少しだけ不安げに聞こえて、ここまで来てそれか、とふきだしそうになる。でも、それは言わない。言ったらきっと、この男は酷く拗ねてしまうから。
 言葉にするのが苦手で、子供っぽく照れ屋な、たった一人の兄で、隣に居たいと恋う人だ。
「……--」
 返事はそのまま、おそ松の唇にのみこまれる。カラ松自身でさえ耳にしなかったそれは、おそ松の中にだけ大切にしまわれる。
 あの日からずっとおそ松に渡している一輪はあのゴミ箱に捨てられて、それからずっと朝になれば意味を持つものではなくなってしまった。
 けれど、それを受け取ったおそ松は、ずっと持ってくれていた。大切に大切に、カラ松の気持ちごと抱きしめてくれていたのだ。
 捨てられたあの一輪の花たちが、泣いていた花たちが、ただいまと帰ってきてくれたようだった。カラ松が贈った愛を全て受け止めて何倍もの大きさにして返してくれたのは、おそ松だった。
「殴られるかな」
「ん……父さんには多分。あと、チョロ松にも」
「んげっ! チョロ松手加減しねぇからいってーんだよな」
 俺も一緒に殴られるさと言ったら、あんがととまた撫でられた。
 今日はすごく弟扱いをされると思っていたら、おそ松の耳が赤いのを見た。
(あ……)
 そうか、と。彼の弟扱いは、照れを隠すためのものらしい。
 くすくすと笑うと、案の定「なんだよ」と少しぶすくれた声がふってきた。
「おそ松」
「ん?」
「ありがとう」
 そう言ったら、こちらこそ、と小さな声が返ってきた。
 もう一度花束を抱きしめると、百八の夜が自分たちを包んで、未来へと運んでくれるようだった。